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救世主
翌日、嫌な気を起こしながら、僕は教室に入った。
その予感は的中した。
僕の机の上には、菊の花が一輪入った花瓶が。漫画で見た事のある光景が、いざ自分の身に起きると、表に出せないほど苦しく辛かった。机を見つめる僕を、クラスの皆がクスクスと笑う声がヒシヒシと肌越しに伝わってきた。
何故橋田君が、これほど自由奔放にいられるのかと言うと、この天野第二中学校の校長先生の実の息子であるからだ。噂によると、あまり子宝に恵まれなく、何年もかかって出来た子だからこそ、口を出したくないそうだ。僕は、親としてそれはどうかと思うが。
それからは、教科書が隠されたり、ペンケースがゴミ箱に捨てられたりとした。教科書は、案外分かりやすい所にあった。ペンケースは中身が出された状態であった。それを、クラスの皆はクスクスと笑っていた。その日は何とか耐え、下校時間となった。早くここから逃げたい一心で、早足に靴箱へと向かった。靴箱を開けると、中には『生きた蛇』が入っていた。
「うわぁぁ!」
僕は驚き、尻もちをついた。周りの人は、案の定笑っていた。
とある日、僕はあまりにも辛く、身も心を限界状態で、学校の屋上から自殺をしようと試みた。靴を揃え、遺書をその上に置き、屋上の縁に立ち、心の準備をしていると。
「死ぬのは早ぇんじゃねーか」
振り向くとそこには、この学校の男子生徒が一人。
「お前、今のターゲットの海崎 陸だよな」
彼はそう言い、僕にゆっくり近づいて来た。その姿は、どこか不気味で、不思議な笑みを浮かべていた。
「俺が助けてやるよ」
耳を疑った。
「えっ」
「今度お前がイジメられてたら、俺が守ってやるってコト」
その時は、すぐやって来た。
「「さっさと死ねっつっただろ!」」
数人からの暴力を受け、教室の後ろで横になり、腹や脚、身体中を蹴られ殴られている時。
「おいっ」
声をあげたのは、屋上の彼だった。
「俺の友達を殴る奴は、許さねぇぞ!」
『友達』その響きが頭の中で何度もこだました。
「何だよテメェ、殴られてぇのか」
「ああ、かかって来いよ」
数人もの人を、彼は一人で倒した。そこには、柔道部の人の顔もあったのに。
「…凄い」
安易な言葉だか、それしか頭に思い浮かばなかった。
それからは、何度も助けてもらい、いい友達がやっとできた。しかし、そう思っていたのは、僕だけだったようだ。
「あいつの方はどうよ」
放課後のある教室から、橋田君と思われる声が聞こえた。
「ああ、上手く騙せてるって。心配ねぇよ」
僕はその一言で足を止めた、この声は間違いなく彼だ。
「バカだよな、ちょっとカマかけたらすぐ付いて来て」
廊下に響く一言で、足を止める事無く必死にその場から逃げた。何度も頭の中でこだまするあの一言。こめかみの横を雫が流れるのがよく分かる。
「絶対聞き違いだ、彼はあんな事言う人じゃない」
笑いながら言っていたのが、本当だとしたら、僕はどうすればいい。
その時気付いた。
「僕は彼の事を何も知らない。名前すらも」
そう思うと急に、彼を信じられなくなった。
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