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第2話 池田屋②

 廓の部屋は窓を閉め切り、四方を派手な意匠で飾り立てているため、昼夜の区別がつきがたい。  ここへ来てから何度日が昇り、何度日が沈んだのか、もはや小狐丸には分からなかった。 「そら、しっかりしゃぶりな」 「ん……」  小狐丸は日本号の膝の上に抱えられ、口元に突きつけられた木製の男根に舌を這わせていた。小狐丸の雄芯より一回り小さなそれは、括れや皺までが精緻に再現された生々しい性具だった。  小狐丸が舌を尖らせ、小さな鈴口を舌先で擽れば、後ろから体を抱えた日本号が、その舌の動きを模して生身の鈴口を指で擽る。雁の部分に吸い付けば、日本号の指が同じ場所を指先で擦り、裏筋を舐めれば同じように裏を愛撫される。 「寝所に上がっても主の逸物が役に立たなきゃ話にならん。どこをどうやりゃ男が奮い立つのか、てめぇの体で覚えるのが一番さ」  胡坐をかいた日本号の腿を跨ぐように、小狐丸は両足を大きく拡げて膝の上に座らされていた。両手は後ろ手に縛られている。正面には伯父が背をすっと伸ばし、一筋の乱れもない様子で静かに座っていた。  焦らされてもどかしくなった小狐丸は、木の張り型をすっぽりと口に咥えると、頭を激しく前後に振り始めた。もう少しで昇りつめて精を吐き出せそうだ。最後の止めとなる強い刺激が欲しかった。 「おいおい、がっつくんじゃねぇ」  濡れた雄芯を二度ほど扱きあげた日本号の手は、無情にも離れていった。失意に涙ぐんで、小狐丸は張り型を口から出した。若い精を解放したくて堪らないのに、日本号は滅多とそれを与えてくれない。吐精を迎えたくて必死に張り型に奉仕しても、日本号は小狐丸が弾けそうになるとさっと愛撫を止めてしまう。 「前で逝くんじゃねぇ。後ろで逝くんだよ」  淫具を含まされるのは口だけではなかった。後孔の中にも小振りな玩具が挿入されていて、刺激に身を固くするたびに得も言われぬ疼きが背筋を走り抜ける。その感覚を掴み取って溺れろと日本号は言うのだが、熱は昂ぶるばかりで終わりを迎えようとはしない。熾火のようにじわじわと燻って、徒に小狐丸を焦らすだけだった。 「前で逝きたい……触って……」  臀部を日本号の腿に擦りつけて啼く小狐丸に、日本号が慈悲を与えることはない。 「駄目だ。女逝きを覚えなけりゃ、何時まで経っても生殺しのまんまだぞ」  唾液に濡れる性具の先端で、日本号は小狐丸の乳首を押し潰した。痛みは下腹に響く快感を伴っているが、それが決定打になるほど慣らされてはいない。  昇天しそうで決して逝かせて貰えないもどかしさに、小狐丸は啜り泣きを上げた。  もうどれほどの間、こうやって嬲られていることか。  疲れ果てて気を失い、目覚めれば薬酒と粥を啜るだけで、すぐに責め苦が再開される。さまざまな道具が尻の中に収められ、内側からの刺激でおなごのように昇天せよと命じられるのだが、おのこに生まれた者におなごの感覚が理解できるはずもない。 「無理じゃ……ぁっ、……私は、おのこじゃもの……!」  乳首をクリクリと弄られると下腹の疼きが強くなる。張りつめすぎた屹立と、その下で揺れる双玉が痛みを訴えた。  己の手で慰めたくとも両腕は縛められている。嫌がって体を捻るが、濡れた張り型は何処までも追いかけてきて、プクリと勃ち上がった肉粒を執拗に苛んだ。 「おのこではない」  啜り泣く小狐丸の耳に、硬く冷たい声が飛び込んできた。  涙に濡れた目を開けて、小狐丸は真正面に座す伯父を見つめる。置屋の一室にいるとも思えぬ、乱れ一つない端正な姿だった。それに比べ、己のこの情けない姿はなんだ。  女郎の膝の上で両足を拡げ、不浄の場所に道具を呑んで、浅ましく蜜を垂らす姿を伯父に見られている。消え入りたいほど恥ずかしいのに、伯父の視線を意識すればするほど、下腹の疼きは高まっていく。 「そなたは『華狐』じゃ。『華狐』はぬしさまの精を身の内にいただき、姫逝きして悦びをお示しするのが務め。おのこであったことは忘れ、心を入れ替えてお仕えする覚悟をせよ」 「伯父上……」 「姫逝きできぬような不調法者を、二度とぬしさまの御前に上げるわけにはいかぬ」  日本号、と伯父は大柄な太夫の名を呼んだ。  それだけで全てを心得たように、日本号は小狐丸を膝から下ろすと、布団の上に横たわらせた。 「手伝ってやるから、自分の好いところに擦りつけてみな」  仰臥した小狐丸の、尻の中に収まった道具を日本号が掴んだ。ゆるゆると擦られれば、確かに震えが走るような感覚が生じる場所がある。だが、ここを擦っても高まる熱が苦しいばかりで、今まで一度も終わりを得ることはできなかった。己にはきっと『華狐』としての素質がないのだろう。  けれど、できないと泣き言を言っても許して貰えないことは、すでに身に染みて分かっていた。小狐丸は膝を立てると、両足を踏ん張って腰を揺らし始めた。 「あ……、ん……っ」  気持ちよくないわけではない。もう少しで弾けてしまいそうな感覚はある。けれどその先に進もうとすると、腰が砕けて力が入らなくなり、身動きが取れなくなってしまう。尻の中の道具を締め付けて、ただ悶えることしかできなくなってしまうのだ。 「いいぜ……少しは感覚を掴めてきてるじゃねぇか……」  低い声で小狐丸の耳朶を震わせると、日本号は敏感になった柔肌を無精髭で擽りながら、濡れて光る小さな肉粒に唇を寄せた。吐息にさえ張りつめる肉粒を、日本号の温かい唇が覆い、舌先が粒をプルプルと転がした。 「ああぁ……」  乳首から痺れるような疼きが走り抜けていく。下腹がキュッと縮み、尻の中の小さな道具を食い締める。動きの止まってしまった小狐丸の代わりに、日本号の指が道具を揺らした。 「良い感じだぜ。そろそろ、こいつに替えてみるか」 「あ……んっ!」  菊座の中に収められていた道具が、唐突に日本号の手で抜き取られた。媚肉を揺らしながら抜け出る感触が、小狐丸に甘い鼻声を漏らさせる。体温が移るほど長く収まっていたものが抜けると、何か物足りないような気になった。  だが次の瞬間、熟れた後孔を押し広げようとする異物の感触に、小狐丸は短い悲鳴を上げた。 「い……たい……っ」  行儀悪く蹴りつけようとする足を肩に抱え上げ、日本号が硬い異物を強引に挿入しようとしてきた。先程まで小狐丸が舌で奉仕していたあの張り型だ。  張り型としては特別大きな部類でもないが、決して小さくはない。指を二本入れられただけでも裂けそうな感じがするのに、あんな太いものが入るわけがなかった。 「無理じゃ!……そのような場所、まぐわいに使うようにはできておらぬのに……!」  太さだけの問題ではない。あれほど精巧に作られた男根を入れられては、まるで日本号の手で犯されたような気持ちになる。国の安寧のために主に仕えることは受け入れられても、賤しい女郎に犯されるのは我慢がならなかった。  痛い、嫌じゃ、と抵抗を止めぬ小狐丸に、日本号がついに焦れたように怒鳴りつけた。 「いい加減にしろよ、小僧! いくらお綺麗なことを言ったって、寝床でやるこた同じなんだよ! それとも何か? 先代みたいに何にも知らずに城に上がって、一族の顔に泥を塗るような不始末をしでか……」 「日本号」  畳みかけるような太夫の怒声を、静かな声が断ち切った。 「無駄口が過ぎる」  急に声が出なくなったように、日本号は言葉を詰まらせた。  息を潜めて身を隠すように、薄く開いた口から押し込めた吐息が漏れる。見開いて虚空を見つめる紫の瞳は、怯えたように小刻みに揺れていた。  伯父は声を荒げたわけではなかった。良く通る声で、ただ静かに言葉を発しただけだ。それなのに伯父より一回りも大きい、海千山千のはずのこの太夫が、まるで厳格な父親に叱られる子どものように怯えている。  この表情を、小狐丸は幾度も目にしたことがあった。  一族に何かがあった時、出てくるのはこの伯父だ。伯父の姿を見た一族のものは、みなこの表情を浮かべて怯えたように身を縮める。まるで神の祟りを恐れるかのように。だが、稲荷の一族ではない日本号までもが伯父をこれほど怖れるのは、小狐丸の目には不可解に映った。  伯父が冷えた声を発した。 「……このままでは埒が開かぬゆえ、おぬしが手本を見せてやるが良い」  この伯父が声を荒げたり、狼狽えたりすることがあるのだろうか。そう思わせるほど、冷たく落ち着いた声だ。それを聞いた日本号がのろのろと視線を上げた。 「手本、を……?」 「そうじゃ。おぬしも池田屋に来て随分になる。私の前でその成果を見せてみよ。さすればこの小さな狐も理解が早かろう」  言葉に抵抗するように、日本号は暫く微動だにせず、伯父の顔を見つめていた。慈悲を請うような、縋り付くような目で。  だが伯父は揺るがず、何の感情も浮かばぬ紅い瞳で日本号を見返しただけだった。 「……ふ……」  部屋に落ちた沈黙は、時間にしてみればそれほど長くはなかったのかもしれない。不意に、可笑しくて堪らぬと言う風に、日本号が渇いた笑いを漏らした。自嘲の籠もったその声が、小狐丸の神経をざわめかせた。 「ああ、手本を見せてやるよ!……あんたを怒らせた馬鹿が、どんな末路を辿るのか……この小僧によっく教えておいてやるさ」  投げやりに言い放った後、打ちひしがれた様子でのろのろと立ち上がった日本号は、廊下に通じる襖を開けて大声で叫んだ。 「誰か、大立に酒を持ってこさせろ! 今すぐだ!」  今から始まる余興に自暴自棄になったかのように、その声は酷く掠れていた。  酒瓶を持って部屋に現れたのは、部屋が狭く感じるほどの巨漢だった。  伯父も日本号も、滅多と見ぬほどの長身だが、この男は背が高いというよりは岩のように巨大だ。大岩のような体躯の上に、鬼瓦にも似た顔が乗っている。  目が合っただけで誰もが遁走するような風体の男は、この置屋の用心棒らしかった。 「……ご所望の酒だぜ、太夫」  部屋の中の顔ぶれを確かめた大立は、何のために呼ばれたかを察したように、醜い顔を歪ませて笑った。伯父に向けて軽く会釈すると、置屋の花形であるはずの日本号にはぞんざいな様子で、無造作に酒瓶を突き出した。  日本号はそれを奪い取ると、景気をつけるようにグイと呷って口を拭った。その様子からすると、これから始まるのは、とても素面では受け入れられないようなことに違いなかった。  酒を呷って覚悟をつけると、日本号は仁王立ちになった大立の足下にしゃがみ込んだ。黒い着物の内側が、肌を引き立たせる真紅であったことに小狐丸は気づいた。  置屋で飼われる娼夫の務めとは、女を愉しませるだけにはとどまらない。主人が客と認めた相手ならば、どんな相手でも懇ろにもてなして悦ばせるのが、生きていくための務めだ。その相手がこれほど醜い化け物のような大男であっても。  着物の前を寛げて、ボロリと転げ出てきた肉塊を日本号は手に取った。とても人間の持ち物とは思えぬ、赤黒い巨大な肉塊だった。  日本号は目を閉じると、手に取った半勃ちのそれを口の中に導き入れていく。 「……良う、見ておけ」  背後から体を支えるようにして小狐丸を座らせた伯父が、耳元で低く囁いた。 「華狐のお役目を果たせぬのなら、そなたはこの池田屋に置いてゆく。女郎の務めとは如何なるものか、しかと目に収めておくがよい」  本気とも脅しとも判別着かない言葉に、小狐丸は唾を一つ飲み込むと、目の前で繰り広げられる営みを凝視した。

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