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第10話 正三位

 昨日まではいつもと変わらぬ朝だった。夜明けとともに鍛錬を始め、手習い所に行った。そして昼を過ぎた頃、皆揃って大通りに出て――。  ――いったい何故、こんなことになったんだ。  朦朧とする意識の中で、正三位は昨夜の騒ぎを思い出そうと記憶を探った。  昨日は天下に名高い華狐が新たに一人、元服式を終え本丸に輿入れした日だった。  国家鎮護の願いを背負い、白無垢姿に豊かに実った稲穂を携えて、世にも美しい若者が輿に乗って城の中へと消えていった。正三位は見送りの列に並んで、憧れをこめてその姿を見送ったのだ。  夜は一族揃っての宴席になった。  今日城に上がった華狐は、正三位の年の離れた姉が産んだ『小狐丸』が成ったものだ。これで黒田の家は安泰だと、皆が口々に祝いの言葉を述べ立てた。近々元服を迎える正三位にも、きっと華狐のおかげで出世頭の良い役職が与えられるだろうと皆が言った。そんなものかと思いながらも、正三位自身も自分の未来に淡い期待を抱いたものだ。  祝いの宴席は夜通し続くはずだった。黒田の家のものは酒豪揃いだ。一度飲み始めたら空が白むまで宴席は終わらない。だが背丈は大人以上ながらまだ元服前の正三位は、早々に宴の席から追い出された。仕方ないので、屋敷の中の喧噪を聞きながら興奮に眠れぬ目を閉じる。今日一日の様々な出来事が脳裏を駆け巡って、いくら目を閉じてじっとしていても、とても寝付けそうになかった。  屋敷の門が叩かれたのは、そんな夜中のことだった。  ――城に上がった華狐が、不始末をしでかしたらしい。  騒ぎの原因が正三位の耳に入ってきたのは、夜がすっかり明けてからだった。  夜中に押し寄せた本丸の兵は、黒田の屋敷の者を一人残らず縛り上げ、罪人のように庭に並べた。正三位も例外ではない。寝間着一枚で縛り上げられ、首に繋いだ縄を連ねて一列に並べられた中には、まだ年端もいかぬ従姉もいたし、老いた祖母の姿もあった。  いったい何があったかと思えば、血縁上は黒田家当主の孫にあたる華狐が、初夜の床で本丸の主を蹴りつけて共寝を拒んだのだという。当の華狐は牢に入れられ、御腹様筋にあたる黒田の一門はその責を取らねばならないというのが、お上の通達だった。  一族を並べた庭の前で、裃を着た役人が朗々と声を張り上げた。 「罪状、謀反! 当主および直系男子は斬首、その他の者はすべて遠島流刑。御家御取潰しの上、財産没収とする!」  女たちのか細い悲鳴が上がる中、耳にした刑罰のあまりの重さに、正三位は言葉を失った。  新床で如何なる無礼があったかは推測するしかないが、たかが房事の行き違いではないか。  そもそも、華狐は本丸の主に捧げるため、幼い頃より性の知識からは遠ざけて育てられると聞く。何も知らされぬまま本丸に上がれば、新床で行き違いがあるのは当然だ。同様の事は今までの長い伝統の中でも皆無ではなかったはずだ。  それにそもそも、黒田の家は華狐とは直接の関わりを持たないのだ。  血が繋がっていても、華狐が大名の系図に名が記されることはない。『小狐丸』の血を引く者は全て稲荷の一族に帰属し、かの一族の元より本丸に献上される。ならば罪を問われるべきは稲荷の一族であるはずだ。  だが、兵士たちの会話を漏れ聞いたところによると、稲荷の一族は一切咎めなしなのだという。明神を祀る特別な一族であるため、主といえども軽々に罰することはできない。その代わりに、黒田の家が全ての責を取らされることになった、と。 「蕾の方様ッ!……どうか、主にお取り成しをッ!……蕾の方様ッ!!」  突然耳に飛び込んできた父の悲痛な叫び声に、正三位は顔をそちらに振り向けた。  首も上げられぬほど厳重に縛められた父親が、身ぐるみを剥がれた褌一つの姿で地面に転がっていた。十五になる正三位はこの父が老いてからできた末子で、父親はすでに老齢の域に入っている。まさかこの年齢になってこのような屈辱を味わうことになるとは、野心溢れる父は思いもしなかったことだろう。  父親の視線の先を辿った正三位は、思わず声を上げそうになった。  黒づくめの本丸兵たちの中にただ一人、光り輝く白銀を纏った人物が立っていた。  遠目に見える、鋼色の着流しに羽織姿のその男は、すらりとした長身を持ち、肌の色は透き通るように白かった。  ――『小狐丸』……?  昨日見た華狐だろうか。だがそれにしては、雰囲気が違いすぎる。清廉な若武者のようだった昨日の華狐と違って、この男は薄くしなる刃のように冴え冴えとし、血に濡れたような艶を感じさせた。  朝陽を受けて煌めく白銀髪は、首の高さで断ち切られている。――あれはきっと『傾城』だ。                          「蕾の方様! どうか主にお取り成し下され。貴方様のお言葉なら、主はきっと聞き入れて下さいます。どうかッ……!」  砂利に額を擦りつけて請う父を、その男は冷淡な顔で見下ろした。 「……私の言葉なら、ぬしさまは聞き入れて下さると?」  気配から漂うのと同じ冷たい声が、その赤みを帯びた唇から発された。ゾッとすると同時に、正三位は黒幕はこの男だと直感した。  男は縄で縛られた父を見下ろし、自嘲にも似た酷薄な笑みを唇に浮かべた。 「その通りじゃ。おぬしも知っての通り、ぬしさまは私の願い事ならば何でも聞いて下さる。どのような願いも、私に叶わぬものはない。――長じて後に私が何を望むか、おぬしは想像もせなんだか」  静かな声には、震えが走るほどの憎悪が籠っていた。正三位はごくりと唾を呑み込んだ。  正三位は父親が決して清廉潔白な武士などではないことを知っている。地位と名誉を求め、汚い事でも平気でしてのける男だ。この男との間にも、何らかの確執があったに違いない。ならばこれは復讐か。  男は父を見下ろして、冷たく言い放った。 「ぬしさまは此度の裁量を私に委ねられた。ゆえに、斬首取潰しは私が決めたものじゃ。悔やむなら、過去の己の所業を悔いるのじゃな」 「蕾の方様……ッ!」  取り縋ろうとする父の懇願を斬り捨てるように、男は背を向けた。  仇から意識が離れると同時に、男は己に向けられた刺すような視線に気づいたようだ。暫く視線を彷徨わせた後、遠くから睨みつけていた正三位をまっすぐ見据えてきた。人とも思えぬ真っ赤な瞳は、まるであやかしの目のようだった。  だが正三位はその目に臆することなく、正面からその視線と対峙した。  男の眉が不快そうに顰められた。 「なんじゃ。なんぞ文句でもあるならば言うてみよ」  主の寵を笠に着た毒婦のような、尊大な口調だった。  言いたいことならば山ほどあった。どれほどの恨みがあるかは知らないが、元は明神の使いと謳われる『小狐丸』のはず。国の安寧を願うはずの明神の使いが、堕ちたりとは言え、幼子や老婆にまでこのような無慈悲な刑罰を科すとは。  だが非道を訴えたところで考えを改める相手ではなさそうだ。  正三位は作り物のように整った冷酷な顔を睨み据え、良く通る声で吐き捨てた。 「……いいや! 虎の威を借る女狐の面を拝んでいただけさ!」 「正三位ッ!」  悲鳴を上げたのは父親の方だった。  白い男が体をピクリと揺らせたが、正三位は目の力を緩めなかった。  如何なる経緯があったにせよ、私怨で人を裁くのが正しい人の道とは思われない。そしてそれを許すような本丸の主にも愛想が尽きた。元より、正三位は部屋住みの三男坊で、家督継承からは遠い身の上だ。切腹が許されないのなら、流刑だろうが斬首だろうが、さほどの違いはない。  睨み続ける正三位の元へ、白い髪の男がゆっくりと歩を進めてきた。  男が近づいてくるにつれ、正三位は目に映るものを疑うように瞬きを繰り返した。遠目にも眉目秀麗な男だとはわかっていた。だが間近で見てみれば、それが単に『見目良い』と表現するだけでは、到底言い表せない容貌であることが明らかとなってきた。  朝の光を受けて輝く髪は刃のような白銀。白雪のように白く滑らかな膚、紅を差したように色づく唇。両目は血の色よりも濃く澄んだ紅色をしており、長く密な睫がその瞳の色に奥行きを添えている。吸い込まれそうな真紅だった。  ――綺麗だ……。  こんなにも美しい人間を見たのは初めてだった。  昨日見た華狐も並外れて美しかったが、あれにはまだ人としての血の温かさが感じられた。――しかし、この男は違う。まるで研ぎ澄まされた刃のようで、その美しさは人を魅了するが、うかうか近づいてきた者を、この刃は切り裂いてしまうに違いない。  男は縛られて膝を突く正三位の目の前に立った。 「……慧眼じゃな」  これが生きて動き、言葉を発するのが信じられない。皮肉そうな笑みが赤い唇を彩ると、視線どころか意識の全てがそこに吸い寄せられる。  正三位は反駁することも忘れ、惚けたように薄く口を開いた。 「黒田の男子よ。その慧眼に免じて、おぬしには別の罰を用意してやろう」  形の良い唇が動くのを、正三位はただ見つめていた。何を言われているのかは、まったく頭に入ってこなかった。 「――大立、長柄」  白い男は、本丸兵の中から二人の男を呼び寄せた。大岩のような巨躯を持つ男と、長い手足を持った長身の男だ。下卑た嗤いがその口元に浮かんでいるのを見て、背筋が寒くなるような不吉な予感がした。 「この小僧は池田屋に売ることに決めた。――じゃがその前に、一族の者どもの目の前でとくと辱めてやろう。斬首の方が余程ましであったと、泣いて許しを請うまで、な」 「やめろ……やめてくれ……!」 「武士の子を……!」 「まだ元服も迎えておらぬ子供だ、許してやってくれ……!」  男たちの慟哭と、女子供の押し殺した悲鳴が聞こえた。  我が身に何が起こっているのか、正三位には理解できなかった。  いや、行為自体は知っている。街中に出ることも多かった三男坊は、自身が足を向けたことはなかったが、花街が存在することも、そこで女郎と称される男女がなにを商いしているのかも知っていた。  ――それと同じ事が己が身に起こっているということを、どうしても理解できなかっただけだ。 「……オ、……オォ……ッ……」  突き上げられると、意識せずとも声が漏れた。  正三位は地に蹲った父の体の上に乗せられ、背後から大立の怒張に身を開かれていた。両手は後ろ手に縛られたまま、寝間着を背中まで捲り上げられている。体の下にいる父は、すでに物言わぬ骸になっていた。 「ウ、グゥッ……」 「そら、まだ半分も入ってねぇぞ、若様よ」 「……ッ!」  小刻みな突き上げを加えて、大立は巨大な瘤めいた怒張を押し込んでくる。裂かれる激痛に呻くと同時に、生暖かい血が開いた脚の間を伝った。  ――俺は、男に犯されてるのか……。  汗に沁みる目で正三位は周りを見回した。  一族のうち何人かは、すでに地に倒れ伏し絶命していた。おそらくは、白い男の恨みを直接買った相手なのだろう。  そして男を面罵した正三位は、衆人環視の中で家畜のように犯されようとしていた。 「ぐぅうッ!」  更に深く沈んでくる凶器に、正三位は呻きを上げた。息が荒くなり、心臓が早鐘を打つ。目の前が真っ赤に染まりそうな激痛だが、正三位は歯を食いしばって顔を上げた。  権力を振りかざして他者の命を奪おうとする輩に、屈してやるつもりは毛頭ない。霞む目にありったけの意思を込めて、白い貌を睨み上げる。――だが、目に映った男の表情に、正三位は胸を突かれた。  男は、痛みを押し殺すような表情で正三位を見下ろしていた。苦痛に苛まれながらも、目を逸らすことを己に許さぬ厳しい顔。その表情を見て、正三位は過去に何があったのかをおのずと悟った。――この罰は、かつてこの白い男本人がその身に受けた苦痛そのものなのだ。  おそらくはこの男も、体を力づくで開かれ、苦痛と屈辱に涙したことがあるのだ。その時魂に刻みつけられた傷が、未だ塞がることなく血を流し続けているのだろう。 「……おれ、は」  浅い息の下で、正三位は男を見つめて言葉を発した。 「俺は、あんたの望む罰を、受ける」  正三位の言葉に、揺るぎなかった紅い瞳が動揺を示した。正三位は体を裂かれる苦痛を感じながら、声を絞り出した。 「一生……罪を償う……ッ、だから……、だ……ア! ア! ァアア――ッ!……ッ!」  最後まで言い終えることはできなかった。肉を裂く大刀が入りきらぬ鞘に無理矢理収められていく。その正気を失いそうな苦痛に、正三位は大声を上げて叫んだ。叫ぶことしかできなかった。  血の滑りを借りて、身に余る凶器がさらに肉を割っていく。現実味がないほどの苦痛は、叫んでも叫んでも少しも和らぎはしなかった。気を失うことすらできない。いっそ首を落として楽にしてくれと叫びたくなる。だが、正三位は歯を食いしばり、その言葉を呑み込んだ。  これをきっと、この男も味わったのだ。  そして死ぬことさえ許されず、今もこうして生き続けている。なぜなら、この男に権力を与えたのは神にも等しい本丸の主であり、今もこの男を支配下に置き続けているからだ。 「罰は……俺が、受けるッ……!」  誰かが、この男の苦しみを引き受けてやらねばならなかった。今も血を流し続ける傷を手で塞ぎ、寄り添って歩んでやらねばならない。そうでなければ、いずれこの男は修羅となり、国と主とを亡ぼす『傾城』そのものに成り果ててしまう。その役目は、この痛みと屈辱を知らぬものには決して為せぬ業だった。 「……蕾の、方……ッ」  岩のような怒張が腹を抉る。破瓜された乙女のように下肢は血に塗れ、腹の下には父親の遺体が横たわっている。公開処刑にも似た凌辱を見せられ、一族は悲嘆と恐怖に啜り泣いていた。この光景を見て生き延びた者たちは、男に復讐を誓うだろう。何年かかってでも、今日の恨みを晴らそうとするに違いない。  こんなことは、もう終わりにしなければならなかった。恨みの連鎖は己のところで断ち切ってしまわなければ。  正三位は冷や汗をびっしりと浮かべた顔を上げて、白い男を見上げた。血を吹く傷が癒えるまで、如何なる罰でも下せばいい。どんな罰でもすべて引き受けてやろう。――華狐が主に身を捧げて五穀豊穣と国家鎮護を叶えるならば、己は傾城にこの身を捧げる。あらゆる禍を受け止めて、この『傾城』を恨みの穢れから解放してやるのだ。 「おれ、を……好きに、しろ……ッ」  見下ろす真紅の瞳に、うっすらと涙が滲んでいるのを、正三位は認めた。  この罰が理不尽なものだと、男も分かってはいるのだ。それでも止めることができない。自らも傷つくのだと分かっていてさえ、掲げた拳を振り下ろさずにはおられぬほどの怒りが、今もこの男を苦しめているのだ。男の赤い唇が動いた。 「……口で言うのは容易き事。じゃが、この罰はおぬしが思うほど甘うはない。おぬしはまだ地獄の入り口を僅かばかり覗いただけじゃ。地獄の底に堕ちてなお、同じことを言えるものか」  男の言葉に応えるように、もう一人の長身の男が正三位の前に回った。前立てを寛げて股間の武器を取り出してみせる。すでに興奮を示している肉棒は、太さもあるがそれ以上に目を見張るほど長かった。  長柄と呼ばれたその男は、正三位の顎に手をかけ、口を開かせた。 「舐めて濡らしてもらおうか、若様。大立が終わった後は、こいつをケツに咥えてもらうぜ」  何人もの本丸兵が、下卑た笑みを浮かべて目を交わし合うのが見えた。一族の男たちの絞り出すような呻き声も耳に入る。誇り高い武士の子がと、罵り嘆く声も聞こえたが、正三位は命令に従った。喉の奥に反吐が出そうな怒張が入り込んでくる。  男が望む罰は、まだ始まったばかりだ。  ******  「ここが、これからおぬしが身を置く店――池田屋じゃ。おぬしには身請けも足抜けもない。死ぬるまで、永劫ここで客を取り続けるのがおぬしに科せられた罰じゃ」  正三位は派手に飾られた看板を幾分不安げに見上げた。  蕾の方と呼ばれるこの男に従うことと引き換えに、黒田は取り潰しを免れた。十五年前の事件に関わらなかった次兄が後を継ぎ、役職は失ったものの、領地と禄はそのまま残された。謀反という罪状をつけられたにしては、温情ある処遇だと言えた。 「店では日本号と名乗るが良い。黒田正三位は、もうこの世に居らぬ」 「ああ、分かってる。花街一の太夫にでもなって、あんたの鼻を明かしてやるよ」  強がり混じりに正三位―日本号は言った。  理不尽な罰を受け、身を売って口を養う底辺の身分に堕とされても、世を恨まず生きていくことはできる。己の生きざまを以って、それをこの男に証明してみせてやろう。 「気が向いたら、あんたも俺を買いに来てくれよ。懇ろにおもてなしさせてもらうぜ」  曇りのない笑みを日本号は向けた。  凍てつく美貌に、驚いたような表情が僅かに浮かんだ。 「……」  日本号は目を見開き、続ける言葉を失った。  人間らしい感情が滲んだ瞬間、美しいばかりの彫像のようだった男から、匂い立つような色香が溢れてきたからだ。守ってやりたくなるような儚さと、組み敷いて啼かせたいような艶っぽさ。日本号は思わず下を向いて、赤くなった顔を隠した。 「俺が一人前になったら、間夫になっちゃくれねぇか……なんてな」  赤くなった顔を見られるのが恥ずかしい。けれど、この類いまれなる美貌を見ないでいるのは勿体なく思えて、日本号は照れ隠しを言いながら顔を上げた。不審そうに眉を顰めてこちらを見る顔が何とも言えない風情を帯びていて、下腹が急に重みを増していく。あぁ、やはり掛け値なしに綺麗だ。  日本号は、今度は照れ隠しでなく、まっすぐに目を見て言った。 「あんたの欲しいものを何だって貢げるように、気張って稼ぐからさ。そん時ゃ、俺の情夫になってくんなよ」  どんな過酷な処遇が待っているにしても、一筋くらいの希望は持っていていいはずだ。いつかこの男の氷が溶ける時、傍らにいるのは自分でありたいと日本号は思った。  うんともすんとも言ってくれぬ相手に恥ずかしさが増して、日本号は視線を逸らした。腹の中で小さく呟く。  ――誰が付けたか知らねえが、蕾なんて名は全く似合わねぇぜ……。  この蕾は満開の花よりなお麗しく、蠱惑的な香りがする。  忌まわしいはずの傾城に、日本号は己の心がどうしようもないほど惹かれていくのを感じていた。  

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