4 / 134

第4話

 透明な水晶の中で、美しい青年は眠りについた。  安倍晴明はそっと水晶を撫でた。陰陽術によって作られた水晶は当分破られることはない。少なくとも千年はこのままだろう。もう二度と触れることはかなわない。形のいい耳を弄ることも、ふわふわの尻尾を手入れしてやることも、綺麗な銀髪を撫でつけてやることもできないのだ。  そう思ったら、今更ながら泣けてきた。覚悟を決めてやったこととはいえ、激しく胸が痛んだ。 「……許してくれ、九尾……」  後悔はしていない。他に方法がなかったのも事実だ。  だけど本当は、私もお前とずっと一緒に……。 「晴明様~!」  洞窟の外から、少年の呼ぶ声が聞こえてきた。駆け足の音が近づいてくる。  晴明は慌てて袖で涙を拭った。そして何事もなかった風を装って振り向いた。 「泰明(やすあき)か。どうした?」 「晴明様、こちらにいらしたのですか。突然いなくなるから心配いたしました」 「そうか……すまないね」 「ところで九尾は? あやつはどうなりました?」 「ああ、それなら……」  と、奥に潜んでいる水晶を指し示した。その中では、九尾が静かに目を閉じている。  すると泰明は、ホッと胸を撫で下ろして言った。 「ああ~、よかった……。これで都の呪詛もなくなりますね」 「……そう、だね」 「あれ? 晴明様、何故そんな浮かない顔をしているのですか? せっかく悪い妖狐を退治できたんですから、もっと喜ばないと」 「…………」 「それより晴明様、早く報告に上がりましょう。天才陰陽師・安倍晴明、また評判になりますよ。私も鼻が高いです」  泰明は晴明の手を引き、洞窟から連れ出してくれた。  ――これでよかったのだ……。  この洞窟の入り口は、後で埋めてしまおう。開いている限り、また訪れたくなってしまう。いくら会いに来たところで九尾は目覚めないのだから。もう触れ合うことができないのなら、こんな虚しい思いをするくらいなら、いっそ誰の目にも触れないようにしてしまった方がいい。  でも……。 「もし生まれ変わったら、その時は……」 「? 晴明様? 何か仰いました?」 「……いや、なんでもない」  晴明は微笑みを貼り付けたまま、洞窟を後にした。二度と振り返ることはなかった。  ――九尾よ。もし生まれ変わったら、来世でまた幸せになろう……。

ともだちにシェアしよう!