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第4話
透明な水晶の中で、美しい青年は眠りについた。
安倍晴明はそっと水晶を撫でた。陰陽術によって作られた水晶は当分破られることはない。少なくとも千年はこのままだろう。もう二度と触れることはかなわない。形のいい耳を弄ることも、ふわふわの尻尾を手入れしてやることも、綺麗な銀髪を撫でつけてやることもできないのだ。
そう思ったら、今更ながら泣けてきた。覚悟を決めてやったこととはいえ、激しく胸が痛んだ。
「……許してくれ、九尾……」
後悔はしていない。他に方法がなかったのも事実だ。
だけど本当は、私もお前とずっと一緒に……。
「晴明様~!」
洞窟の外から、少年の呼ぶ声が聞こえてきた。駆け足の音が近づいてくる。
晴明は慌てて袖で涙を拭った。そして何事もなかった風を装って振り向いた。
「泰明 か。どうした?」
「晴明様、こちらにいらしたのですか。突然いなくなるから心配いたしました」
「そうか……すまないね」
「ところで九尾は? あやつはどうなりました?」
「ああ、それなら……」
と、奥に潜んでいる水晶を指し示した。その中では、九尾が静かに目を閉じている。
すると泰明は、ホッと胸を撫で下ろして言った。
「ああ~、よかった……。これで都の呪詛もなくなりますね」
「……そう、だね」
「あれ? 晴明様、何故そんな浮かない顔をしているのですか? せっかく悪い妖狐を退治できたんですから、もっと喜ばないと」
「…………」
「それより晴明様、早く報告に上がりましょう。天才陰陽師・安倍晴明、また評判になりますよ。私も鼻が高いです」
泰明は晴明の手を引き、洞窟から連れ出してくれた。
――これでよかったのだ……。
この洞窟の入り口は、後で埋めてしまおう。開いている限り、また訪れたくなってしまう。いくら会いに来たところで九尾は目覚めないのだから。もう触れ合うことができないのなら、こんな虚しい思いをするくらいなら、いっそ誰の目にも触れないようにしてしまった方がいい。
でも……。
「もし生まれ変わったら、その時は……」
「? 晴明様? 何か仰いました?」
「……いや、なんでもない」
晴明は微笑みを貼り付けたまま、洞窟を後にした。二度と振り返ることはなかった。
――九尾よ。もし生まれ変わったら、来世でまた幸せになろう……。
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