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第20話
「……尻尾、もういいか?」
「あ、えーと……」
九本の尻尾に包まれている感覚。隣には美しいキツネの妖怪。
涙は止まったけれど、このまま離れるのはもったいないような気がして、晴斗は九尾の肩にもたれかかった。
「せっかくだからもう少し。この尻尾、モフモフでめっちゃ気持ちいい」
「……あ、そう」
「ついでだから、抱きついてもいいかな?」
「!? 離れるっ!」
「冗談、冗談だって。もう変なことしないよ」
「……絶対だぞ?」
やや呆れながらも、九尾は黙って晴斗に肩を貸してくれた。その淡々とした態度を横目で窺っていたら、なんとなく彼の心情が見えてきた。
――ああ、そうか……。
九尾はきっと、「泣かない」のではなく「泣けない」のだ。千年間も独りぼっちで眠っている間に感情が枯渇してしまったのだ。稀にさっきのように怒りを爆発させることはあっても、それは一瞬のことで、ほとんどの時間は厭世的な雰囲気を纏っている。
――なんか……知れば知るほど悲しくなってくるな……。
また胸が痛くなってきて、晴斗はごまかすように尻尾を弄んだ。今度は「触るな」とは言われなかった。
九尾の心の傷は強くて深い。すぐに治すのは無理だろう。自分はただの大学生だから、そんなたいしたことはできないけど、それでもできる限りの世話はしてあげたい。偶然とはいえ九尾の封印を解いてしまったのは晴斗なのだから。その責任はきちんととらなくては。
――いつか、九尾が心から笑える日が来るといいな……。
晴斗は投げつけられたブラシを見た。安物だったせいか柄が折れてしまっていた。後でちゃんと買い直さなくては。九尾の綺麗な毛並みを整えるための、高級なブラシを。
「九尾、晴れたら一緒に買い物行こうぜ。いろいろ買いたい物あるからさ」
「……私も行かないとダメか?」
「そりゃそうだろ。九尾が来ないとダメなものもあるんだから」
すると九尾は訝しげに首を捻りつつも、
「……わかった」
と、了承してくれた。断られることはなかった。それがちょっと嬉しかった。
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