29 / 134

第29話

 思い切って晴斗も服を脱ぎ、九尾をつれて風呂場に入った。男同士だから何も恥ずかしくないはずなのに、妙にドキドキしてしまった。誰かと風呂に入るなんて何年ぶりだろうか。 「湯船に入る前に、まず全身を洗うんだ。このシャンプーをこうやって泡立てて……」  実際にやってみせてあげたら、九尾は見様見真似でシャンプーを手に取り、わしゃわしゃと自分の髪をマッサージし始めた。芳しい花の香りが気に入ったみたいで、ほんのり微笑しながらキツネの耳まで丁寧に洗っていた。  次に、スポンジにボディーソープをつけて身体の汚れを落とした。晴斗は手早く済んだけれど、九尾の方は慣れていない上に尻尾が九本もあるため、特に背中側を洗うのに四苦八苦していた。 「やってやるよ。ほら、後ろ向け」  見かねてスポンジを手にしたら、九尾はちょっと躊躇いながらもこちらに背を向けてくれた。  なめらかな肌を磨くように洗いながら、晴斗は鏡越しに彼に話しかけた。 「これだけ綺麗だったら、九尾、すごいモテてただろ?」 「もて……? 何を持つんだ?」 「いや、人気があったんじゃないかってこと。晴明さん以外の人間とはあまり親しくしてなかったかもしれないけど、妖怪の中ではモテモテだったんだろ?」 「……いや、全然。私はいつも一人だった」 「えっ? マジで?」 「ああ。他の妖怪たちはどうか知らないが、少なくとも私は親しい妖怪の友人なんていなかった。自分と同じ妖狐にも、ほとんど会ったことなかったし」 「そうなのか? でもアレだ、なんつったっけ……『百鬼夜行』か? あれ、妖怪たちが集まって夜中に練り歩く行事だろ? そういうのあったんじゃないのか?」 「あったけど、私は参加させてもらえなかったな。子供の頃に一度だけ様子を見に行ったことがあるが、行った瞬間他の妖怪に追い返されたから。お前の銀髪は派手すぎる、この行列にはふさわしくない……って」 「そんな……」 「だから私はずっと一人だった。特別な友人なんていなかった」 「…………」  鏡越しに見ても九尾の表情は変わらない。けれどその背中からは微かな哀愁が漂っていた。

ともだちにシェアしよう!