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第98話(九尾目線)

「……は……はる、と……」  九尾はよろよろと手を伸ばした。玉藻前が生み出した空間のひずみは、晴斗を呑み込んだ瞬間、音もなく萎んで消えてしまった。後には何もない空間だけが残った。 「く……」  胸が苦しい。全身が痙攣して寒気がする。それなのに頬は火照り、ひどい眩暈で視界が大きく歪んでいた。 「う……っ」  迂闊だった。玉藻前の部屋にそのまま飛び込むべきじゃなかった。彼女は強力な呪詛を使える。九尾よりも術の扱いに長けている。三尾の言う通り、せめて呪詛返しくらい施してから部屋に入るべきだった。なんて愚かだったのだろう。そのせいで玉藻前の呪詛にかかり、大事な友人まで奪われる羽目に……。  ――晴斗……。  玉藻前は晴斗をどうする気だろう。「呪詛で人間と戯れてこそ妖狐」などと考えている彼女のことだ。晴斗にも呪詛をかけようとするかもしれない。  ――そんなの……絶対だめだ……!  九尾は力を振り絞って立ち上がり、楽屋を出た。あれだけ騒いでいた人間たちは、何故か全ていなくなっていた。三尾の姿もなかった。彼がいれば心強かったのに、一体どこに行ってしまったんだろう。さすがに玉藻前には敵わないと思って、逃げてしまったんだろうか。  いや……仮に逃げたとしても、九尾には三尾を攻めることなどできない。三尾はここまでずっと力を貸してくれた。人間に捕まらずに済んだのも、三尾がいてくれたからだ。彼には本当に感謝している。ありがとう、三尾。  後は、自分でなんとかしなくては……。  ――晴斗……今行くから……。  晴斗がくれた「安倍晴明の御守り」を握り締めつつ、九尾はふらつく足取りで屋上を目指した。

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