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第115話

「九尾……」  諦めようと思っていた。九尾が晴明を選ぶなら、自分はこのまま静かに身を引くつもりだった。普通の人間ならまだしも、あの天才陰陽師・安倍晴明がライバルでは、到底勝ち目などないと思ったから。  だけど、九尾は晴明よりも晴斗を選んだ。偉大な陰陽師より、平凡な大学生を選んだ。自分のどこが晴明よりも優れていたのかわからないが、それでも九尾は晴斗の方がいいと言ってくれた。 「ふふ……九尾、なかなか大胆な告白をするね。私はお前からそんな台詞を言われた覚えはないのだが……」  少しばかり苦笑している晴明。すると九尾は、ちょっぴり唇を尖らせて答えた。 「……晴明の愛情は広くて浅かったから、あまりこういうことを言ってはいけないと思っていたんだ。実際、晴明には正妻や妾が何人もいたし」 「おや、九尾にまで嫌味を言われるとは思わなかったな……」 「嫌味を言っているつもりはないけれど……ただ、ひとつだけ知っておいて欲しいのは、愛される身としては『私だけを見て欲しい』と思うこともあるということだ。私はそこまで強く思わなかったけど、『晴明の一番になりたい』と願う人もいたはずだ。……玉藻前のように」 「それを持ち出されると弱いな。人の心だけは、陰陽術のように上手くいかないようだ」  晴明はすっと顔を上げ、晴斗の背後に目をやった。 「……そう思わないか、玉?」 「えっ……?」  驚いて後ろを振り向く。そこには、複雑な表情で晴明を睨みつけている深紅の妖狐がいた。美しい女のキツネ――玉藻前(たまものまえ)だった。

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