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第116話

 驚愕している晴斗を押しのけ、玉藻前は晴明の前に立った。そして低い声で言った。 「……また私より九尾を優先したわね、晴明」 「おや、そう見えるかい?」 「だってあなた、言ってたわよね? 迷惑をかけたから帰り道を開きに来たって。つまりそれは、私を迎えに来てくれたわけじゃないってことでしょう?」 「私が行動をする理由は、ひとつだけとは限らないよ。ここに来たのは帰り道を開くためでもあり、三途の川を渡らせるためでもあり、お前を迎えに来るためでもある」 「調子のいいことばかり言わないで。そうやって人を煙に巻くところ、昔から嫌いなの」 「ふふ。人を煙に巻くのは得意なのに、自分が煙に巻かれるのは苦手なのか。可愛いヤツだ」 「そういうふざけたところ、もっと嫌い。だからどんどん苛立ちが募っていくんだわ」 「だろうね。でも、それ以上に愛しさも募っていくんだろう?」 「な……っ」  玉藻前はさも不愉快そうに眉を顰め、憎々しげに呟いた。 「……ええ、そうよ。殺したいほど憎くて、独り占めしたいほど愛しいわ」 「なるほど、玉らしい答えだ。それほどまでに強烈な想いは、私でないと受け止められないだろうね」 「白々しい台詞ね……。あなたは、気が狂ってしまいそうなほど誰かを愛したことがない。そんなあなたに、私の想いを受け止められるはずがないでしょう」 「人の世はしがらみが多すぎるからね。そうしたくてもできないことがたくさんある。その時代の価値観に縛られてしまうことも、原因のひとつだ。……だけど、今はそうじゃない」  晴明は玉藻前の腰に腕を回し、そっと彼女を引き寄せた。 「ここでは何もかも思い通り。面倒な仕事も、複雑な人間関係も、古臭い価値観もない。全ては己の意志のままだ。生者の世界でできなかったことも、今ならできる……」 「…………」 「……私の元においで、玉。もう一度二人で一緒に暮らそう」

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