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第117話
玉藻前はしばらく無言だった。自分を見つめてくる晴明を、負けじと見つめ返していた。憎悪と紙一重の愛情を、黒々とした双眸から放っている。
――いや……それはいいから、早くどっちか何か言えよ……。
二人の修羅場を見ているのが我慢できなくなり、晴斗は代わりに口を開こうとした。
その時、ようやく玉藻前が視線を外し、根負けしたかのように小さく溜息をついた。
「……あなたに絆されるのはシャクだわ、晴明」
「そうかい? 私は嬉しいけどね。お前の強烈な愛情を、また味わうことができるんだから」
「……本当に受け止めるつもりなの? 私を」
「そうでなかったら、ここまで迎えに来ていないよ」
「……そう。なら仕方ないわね」
ここで初めて玉藻前は口元にうっすら笑みを浮かべ、次いで挑発的に言い放った。
「でもこれだけは覚えておいて。私、こう見えても一途なの。私を選んだ以上は、千年後も二千年後も絶対に放してあげないから……覚悟しなさい」
「それはいい。この千年間、奉られるばかりで退屈だったんだ。お前と一緒なら、刺激的な生活が送れそうだ」
晴明も涼やかな微笑みを返す。そして上品に彼女をエスコートしながら、言った。
「では、そろそろ行こうか。あまりこちら側に長居するのもよくないからね」
「だったら早く連れて行って。久しぶりにあなたの式神とも遊びたくなってきたわ」
二人で仲良く小舟に乗り込んだところで、晴明が軽く指を振った。小舟はゆっくりと船着き場から離れ、三途の川を進み始めた。
「それでは九尾、晴斗くん。そちらも現世で幸せに」
「いいわよ、あの二人は。ほっといても上手くやるだろうから」
そう言い置き、晴明と玉藻前は川の向こうに消えていった。
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