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小彼岸一族と物の怪は休戦協定を結んだ。 当主の壱が休戦の代償として物の怪に差し出したのは。 「てめぇら、それでも月喰いに与する物の怪か」 金鬼の視線の先には年端もいかぬ小彼岸の子供がいた。 己の血と、返り血で、色鮮やかに染まっている。 子供らしからぬ夜叉さながらの殺気。 深い赤に濡れた凄艶たる眼差し。 こんなに綺麗なニンゲンを見るのは初めてだ。 あのこがほしい。 小彼岸一族と物の怪は休戦協定を結んだ。 当主の壱が休戦の代償として物の怪に差し出したのは。 前当主小彼岸宮比であった。 永遠の宵闇に海原の如く広がる竹藪。 その中心に構えられた古めかしくも立派な屋敷。 四方を障子に囲まれた座敷にて火のくべられた行灯に照らされているのは。 見紛うことなき物の怪の長と宮比その人。 艶やかな赤地の上衣を肩にかけ、肌蹴た単の合わせ目から逞しい胸板を覗かせた金鬼は布団に横になり、寝煙草を嗜み中で。 その向かい側に正座する浴衣姿の宮比は毅然とした眼差しで現主人を眼鏡越しに見下ろしていた。 「夜伽にそのめがねは無粋じゃねぇか、ミヤビ」 「年経た私を夜伽相手にすることこそ無粋極まりない」 「俺よか数百も下だろぉが」 宮比は話にならないとでもいう風に首を左右に振った。 どこからどう見ても瑞々しさ満ちた青年の姿である彼に金鬼は八重歯を覗かせて笑う。 己の舌でジュッと火を消すと、そのまま吸殻を飲み込んだ。 「ところでくせぇぞ、ミヤビ」 聞き返す前に宮比は腕をとられた。 あっという間に厚みある体の下敷きにされて、止める暇もなく、唇を唇で塞がれる。 喉奥まで容赦なく抉じ開けようとする獰猛な口づけに宮比は窒息しそうになる。 気管をも犯す物の怪金鬼の舌先に呻くことも許されず、息苦しさに瞼が痙攣した。 泣き言など洩らさないつもりでいたが。 こうも嗜虐的に苛まれると、案外、つらいものだな……。 そのとき。 目当てのものを探り当てた金鬼は宮比の口腔から一気に舌を抜いた。 その舌端に捕らわれていたのは。 「あ」 宮比の体内で飼い慣らされ続けてきた蛇達だ。 畳に向かって投げつければ幼生だった形態はすぐさま成体と相成り、小蛇も含め、とぐろを巻いて金鬼を威嚇してくる。 火を吐いて焼き殺そうとする金鬼を宮比はすかさず止めた。 「お前達に命ずる、外へお行き」 宿主の言うことを蛇達は素直に聞いた。 しゅるしゅると畳の上を這い、障子の隙間から縁側へ次から次に出て行く。 その数、ざっと二十匹ほどか。 「あれだけの数をあの蛇神から産みつけられたわけか、てめぇは」 再び宮比は金鬼に組み敷かれた。 黒々とした鋭い双眸を真っ直ぐに見返して、少しも物怖じせず、彼は答える。 「しきたりだ、仕方ない」 「仕方なくねぇ、先に俺がお前を」 「まだこの期に及んでそれを言うのか、貴様は」 宮比は頭上に迫る月喰い金鬼を睨みつけた。 「蛇神様と契るにはおぼこでなければならなかった」 穢れなき処女穴でなければ蛇神の施しは与えられなかった。 当時、この話をする度に金鬼は火を吐いて怒り狂ったものだった。 『てめぇの処女は俺様がもらう予定だった!!!!』 当時、宮比だって本心はそうしてほしかった。 だがしきたりは絶対だ、今は隠居した先代方を裏切るわけにもいかなかった。 宿命と葛藤している自分の気持ちをちっともわかってくれない物の怪金鬼に宮比は逆ギレした。 『ばかばかばかばか!! この単細胞!! お前なんか小彼岸当主のこの宮比自ら殺してやる!!!!』 物の怪ロミオと小彼岸ジュリエットの密かな恋はそうして決裂した。 「血塗れだったガキのお前を犯していりゃあよかった」 「違う、殺していればよかったんだ、金鬼」 「……阿呆か、てめぇは」 金鬼は笑った。 これまでに見覚えのない、物の怪らしからぬ笑みに、宮比の心は否応なしにざわりと波打った……。 「やっと俺のものになった、ミヤビ」

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