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皆の温かみ

今日は大学が創立記念日で休みである。なので、今日はもともとバイトが長い日である。行きたくない訳ではないが、どういう顔をしていけばいいかが分からないので、足取りが重いのは本当である。 「行っています」  靴を履き、リュックを背負って、振り返り志麻に言った。 「…、気をつけてな」  志麻は優しくキスをする。 「…行ってきます」  顔が赤くなりながらも、玄関を出た。  電車に十数分揺られ、下りてから少し歩き、ここの角を曲がればカフェがある。ゆっくりと深呼吸をし、息を整え角を曲がった。  裏口から入ると、そこには制服に着替えている真央君の姿が。 「あぁ!、りっくんっ!」  喜びの満面の笑みで僕に抱きついてきた。しっかりと制服のボタンをとめておらず、胸がチラ見をする。 「心配してたんだよ!。よかった、本当によかった」  いつもの語尾を伸ばす話し方じゃないってことは、それほど本気で心配していてくれたんだと、とても嬉しかった。 「お客さんも冷やかすとかじゃなくて、本気で心配してくれてる感じだから、僕たちは後ででいいから、早く着替えて皆に一言いってきなっ」 「はい」  こういう事を言ってくれるところが、やはり年上としてカッコいいと思える。 「ふふっ、よい子よい子」 と、真央君には少し高い僕の頭を、背伸びをして優しくポンポンとしてくれた。  その後、お客さん達に何を言えばいいか、同僚の皆には何て言えばいいか、頭の中で整理しながら着替えをした。 「じゃあ、行ってきます」 「うんっ。まぁ、僕もすぐ行くんだけどねっ」  優しく微笑む真央君に愛想ではない笑顔をし、扉を開けた。  スタッフルームの先は、キッチンへと繋がっており、そこには料理を作る皆の姿があった。 「っ、陸っ」  ミックスジュースを作る吉信君が振り向く。  すると、その声を聞いた皆も僕を見る。 「陸、心配したぞ。時間になっても来ねぇからよ。これっきり辞めちまうんじゃねぇかって、不安だったんだからな」  涙目になるほど僕を心配してくれてただなんて。 「吉っ、俺たちの優先順位は二番目だ」  店長が吉信君に言う。 「…。そうだな。悪りぃ、止めちまって」 「全然。後でゆっくり皆には説明するから待ってて」  皆は優しい表現で、うなずいてくれた。  フロアに出ると、半数くらいの方が僕の方を見た。近くにいる友達だと思われる人たちと話す人もいれば、涙を流している人も数人いた。  僕の性格上、人前に出て話すことは得意ではないが、事情が事情なため、たまに演奏家や大道芸人の方が使われる特製舞台へと上がり、話すことにした。 「皆さん、この中には昨日お越しになられた方や、友人から話を聞いた方がいらっしゃられると思いますが、ご心配やご迷惑をお掛けして本当に申し訳ございませんでした。あの方とは、以前会ったことがあり、特にトラブルがあった訳ではないのですがあの時は僕の勘違いで声を上げてしまいました。ですが、今日その勘違いも解け、事態は丸く収まりました。これからも僕はこのカフェのお世話になろうと思います。多大なご迷惑をお掛けした事は十分承知しておりますが、このままここを去っても、今までの恩を仇で返したことになってしまいます。なので、今まで以上に精一杯ここで働かせて頂こうと思います。僕が居るからといって、このカフェや店員さんには何ら悪くはございません。大勢の方に迷惑を掛けると思いますが、これからも宜しくお願い致します」  深々と頭を下げると、たくさんの拍手を頂いた。頭を下げると同時に、必死に溜めていた涙が地面へと落ちていった。 「りっくんは何も悪くないよ!」 「迷惑なんか掛からないから、気にしないで」 「これからも、私はりっくんのこと大好きだよ」 「もういいから、頭上げてー。何にも悪くないよー」  他にも様々な声を頂いた。ゆっくりと頭を上げると目の前には、涙を流しているお客さんが何人もいた。  僕は皆がいるキッチンへと向かった。涙を何度も何度も拭い、視界がもうぼんやりとしていた。 「おかえり」  その店長の優しい声が、より僕を泣かす。 「…んぐっ、ただいま…」 「泣いてる暇はねぇんじゃねぇか、これからもここで働くんなら、早速働けよっ」  吉信君が僕の頭を強くワシャワシャした。うつむいていた顔を上げると、吉信君の目には涙が溜まっていた。吉信君は年下だけど、こういうところは妙に大人に見える。 「うんっ」  満面の笑みをすると大粒の涙が落ちた。

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