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真実を告げる

「今日は本当にありがとうございました。またのお越しをお待ちしております!」 「絶対明日も来るからねっ。待っててよっ」  メイクのことも忘れるほど号泣なお客さんが、友人に連れられて帰っていく。 「はぁぁ」  大きなため息をつき、僕はその場に座り込んだ。そのため息が、お客さんが全員帰りやっと皆に事情を話せるからなのか、お客さんから頂いた品々が嬉しいのか、他の意味があるのかよく分からなかったが、とても安心はしている。 「お疲れさんっ」  吉信君がまた頭をワシャワシャしてくれた。 「休んでる暇はないよっ、清掃して僕たちに説明をしてもらわないといけないんだから」  床のモップがけをしている店長が言う。 「そうですね、すみません」  僕は立ち上がり、スタッフルームへと台拭きを取りに行った。  清掃は無事に終わり、全員がスタッフルームへと集まった。 「えっと、まず一つ皆さんに言いたいことがありまして。お客様の前で言ったことには、少し嘘が混じってまして…。もちろん、嘘は付きたくなかったのですが、本当の理由が理由なもので、ちょっと言いづらくて…」 「僕たちには、その言いづらい理由を話してくれるの?」 「はい。皆さんには嘘付きたくないので。あの人とは中学時代の知人でして、彼が本気か冗談かは分かりませんが、…その、あの…君悪く思うかもしれないのですが、…ディープキスをされまして…。それで、衝撃を受けてしまって声を上げてしまいました…」  恐怖で皆の顔が見れなかった。 「そうだったのか。話してくれて本当にありがとう。で、なんだけど、お客様にはその人とは今日は丸く収まったって言ってたけど、あれは?」 「嘘です…。連絡先も知らないですし。あの、店長はどうだったんですか?」 「あぁ、全然大丈夫だよ。あっちの連れの人が、原因はこっちだしって、逆に営業妨害として五百万も貰っちゃったよ。僕の予測通り金で解決して、世間には最小限でってことになったんだ」  その姿はいつものおちゃらけた店長の姿だった。 「そうだったんですか…」 「だから、心配する事はなぁんにもないから。はいっ、この話も終了っ。吉、暗くならねぇうちに帰んねぇと、ママに怒られちゃうよっ」 「うるせっ、そんな歳じゃねぇよっ!」 「そんな歳だ」  吉信君の後に続いた加藤さんは、部屋を出て行った店長に続いて出て行った。  この部屋には、真央君と吉信君とまだ紹介はしていないがフロアスタッフの七瀬さんと僕の四人だけとなった。 「陸、その男のこと早く忘れろよ。ま、忘れろっつったて、忘れらんねぇんだろうけどよ。また、飲みに行こう。俺はいつでも暇だからよ」  七瀬さんは僕の肩にそっと手を当て、帰るために制服を脱ぎ始めた。体のガタイがよく、筋肉質で頼りになる先輩。このカフェが開く時は、店長と加藤さんと七瀬さんだけだったのだ。だから、僕たちにフロアスタッフの主任でもある。店長と加藤さんとは高校の時の同級生で、当時は空手部の部長をしていたらしく全国大会で二度も優勝をしたことがあって、店長より強いらしい。 「話してくれてありがとう。僕はりっくんのこと大好きだから、辛くなったり泣きたくなったら僕のとこにおいでよっ。あっ、その役目は志麻君の方がいいか!」  この感じもいつも通り。 「ありがとう。僕も真央君のこと大好きだよ。志麻が忙しそうだったら、真央君のところに行ってもいい?」 「もちろんっ、いつでもウェルカムだよっ」  子供のようなこの笑顔。今まで何度癒されたか。 「じゃ、俺は帰るわ。おつかれ」 「お疲れ様でした。ありがとうございます」「おつかれ~」「おつやまでぇす」と、同時に皆が言う。 「陸、もう皆がいいこと言っちゃうから、俺言うことなくなっちゃったけど、俺も頼ってくれよな。年下だし馬鹿だけど、大事な仲間だから俺もなんかしたいし」  照れくさそうに言う吉信君が、とても幼く見えた。 「ありがとう。いつも頼ってばっかだけど、きっとまた頼ること になるよ」 「いっつも、俺なんもしてないじゃんっ」 「何もしてなくないよっ、今日も何回か頭をワシャワシャしてくれたじゃん、あれ結構嬉しかったし、安心したんだよ」 「マジで!?っしゃ」  喜ぶ吉信君は、本当に現役高校生なんだと思うような感じだった。 「じゃあ、申し訳ないけど、僕帰ります」  そろそろ、志麻も帰ってくる時間だし、僕なりに皆に言うことは全部入ったと思う。 「うんっ、今日はゆっくり休んでね」 「事故んなよっ」 「ありがとう」 とは言っても、着替えががあるからまだ居るんだけどね。  着替えが済みロッカーから荷物を取り出し、スタッフルームを出て、店長に直接謝ることとお礼を言うことにした。  店内にある椅子に店長が座り、その椅子に設置されてあるテーブルに腰をかける加藤さんの姿があった。店長は何故か知らないけど目を閉じていた。寝ている訳ではなさそうだ。加藤さんは僕に背を向けている。何かを話しているようで、所々しか聞き取れなく、話の内容が分からない。邪魔をするのもアレなので、話が終わり次第行くことにした。僕はその間、物陰に隠れて待つことにした。  様子を数分ごとぐらいに確認していた時、目を閉じる店長に加藤さんがキスをしたのだ。二人が離れた時、店長はあまり驚いてはいなかった。その感じから二人は以前からそういう関係なのではないかと、僕は察した。  このままここに居ても、こっちが盛っちゃいそうなので、物音を立てないようにソッとスタッフルームの扉を開けた。そのには、二人の姿はなかった。店長に話してくると行った時に、「おっけ、じゃ僕は先に帰るよ」「そんじゃ、俺も」と言ってたから、帰ったのだろう。  僕は志麻が待つと思われる、我が家へと電車に乗って帰った。

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