3 / 10

帽子の男性

「こんなのあるんだねっ」 「結構便利じゃねっ?」  とある雑貨屋さんで、ワインのコルク抜きになるボールペンを見つけた。僕たちはよくワインを飲む。別にどこの国じゃないとダメとか高いやつじゃないとダメとかは特にお互いないのだが、ワインが好きだ。ちなみに僕は白が好き。志麻はどちらも好きだが、強いて言うなら赤だそうだ。それと、志麻はああ見えてお酒が弱い。なのに飲みたがる。そして、酔いつぶれた時の志麻はとてつもなく可愛い。あと、僕は世間一般で言う強い方なのだろう。よく友人に「二人って見た目からしたら逆だよな~」と、言われる。 「買う?」 「それ、俺も言おうとした」  二人で見つめ合い笑った。  店内を歩き回り、結局購入した物はさっきのワインコルク抜きボールペンだけだった。 「次は本屋さん行こっ。…、どしたの?」 「いや、楽しそうだから、来てよかったな~って」  優しい笑みを浮かべ言った。 「何今更、楽しいに決まってんじゃんっ。志麻といたらどこでも楽しいよ」 「くあぁぁ!」  志麻は大きな両手で顔を覆い隠し、周りの人がチラチラと振り向くほどの大声を出していた。指の隙間から見えた顔は、赤かった。 「俺ちょっと、外行ってくる…」  二日酔いかのような千鳥足で、出口へと向かった。よく見ると、頭からは湯気が出ているように見えた。 「心配だな。でも、行ってもなんか逆効果な気がするし。…本屋さんに行こう」 心でそう思い。本屋に向かうため、エスカレーターに乗り三階に着いた。  真っ先に目に入ったものは、僕が最近ハマっている作家さん『永原 陸無(りくむ)』さんの新刊本『家宝』の大きなコーナーだった。 「こんな所でお目にかかれるとは…」  発売日は二日前。あまりの人気で入荷してもすぐに完売してしまい、ネットでも入手困難と言われている。僕もよく行く近所の本屋の入荷待ちだった。なのにここには、こんなにたくさんあるだなんて。  僕は迷わず二冊手に取り、レジへと直行した。一冊は読み込む用、もう一冊は保存用である。同じレジに並ぶ人も、何人か僕と同じ本を手に持っていた。その半数が女性なのは、永原先生が若くてかなりのイケメンという話があるからだろうか。握手会も何度か開催しているらしく、そこで見た先生の顔はまるで二次元の世界から飛び出してきたような整った顔だそうだ。僕はまだ拝見しておらず顔は知らない。 「次の方~」 「あっ」  今手の中にあるこの本の、背表紙にあらすじが書いてあり、それを読んでいると自分の順番に気づかなかった。  料金を支払い、本にブックカバーを付けてもらい、レシートを受け取り、店を出た。 「はぁ、やっと手に入った」  嬉しさのあまり、死んでしまいそうだ。  少しの余韻に浸り、志麻ももう大丈夫かなっと外に探しに行くことにした。  外に出ると、春風が強く飛ばられそうになった。すると、僕の少し前を歩いていた背の高い男性が被っていた帽子が風に飛ばされた。風は強く、みるみると飛ばされてしまった。  僕は走った。飛ばされた帽子を取りに行くために。でも、日頃の運動不足か、全くたどり着けなかった。 「はぁはぁ。無理か…」  すると、後方から誰かの足早な音がした。振り向くと、薄い茶色のサングラスかけた茶髪の帽子の男性だった。 「わざわざいいのに」 「すみません…、結局取れませんでした…」  息を切らし、深々とお辞儀をした。 「君が飛ばしたわけじゃないし、全然いいって。それより、ありがと」  薄いサングラス越しに彼の笑った顔が見えた。 「…あと、俺の作品大事そうに買ってくれて、ありがと」 「えっ」  耳元でそう言われ、衝撃のあまり反応ができなかった。 「それって、どういう…」 「三階の本屋でたまたま君のこと見たんだよね。他の人と違って、なんか大切そうに手に取って、まるで幼い子供が大きな本を持って行くみたいに両手で抱えて、レジに持って行ってくれて。こっちは、めちゃめちゃ嬉しかったんだ」  あの状況を見られてた。しかも、作者である永原先生に。  でも、僕は永原先生の顔を知らない。この人が本人かも分からない。間に受けるな。きっとこの人は僕をからかってるだけだ。 「あ、その顔は信じてないな?そうか、俺の顔まだ知らないのか。ん~これはよわったな。てっきりびっくりして泣いてくれると思ったんだけどな」 「…すみません。先生のことを好きになったの最近なもので、まだあまり詳しくないんですよ」 「じゃあ、俺の家に来る?そしたら信じてくれるでしょ?」 「えっ」 「俺さ、君のこと気に入っちゃったんだよね~」  不思議な笑みを浮かべ、僕の有無を聞かず強引に腕を引っ張った。 「てめぇ、勝手に人のもんに手ぇだしてんじゃねぇよ!」  走ってきた志麻が僕の腕を掴み、引き離した。 「用が済んだら、さっさと失せろ!」  その顔は、獲物を横取りされた雄ライオンのような顔だった。 「わぁお、彼氏いたんだねっ。まぁいいや。俺は諦めないからねっ。陸君っ」 「えっ」 「大丈夫か?何かされてねぇか?」  立ち去る男性の背を少し睨みつけた後、志麻の両肩を掴み心配をしてくれた。でも、その声も周りの行き交う人の声も、あまり聞こえなった。なぜあの人が僕の名を知っているのか。それはとてつもない恐怖であった。 「陸!」 「んあっ。な、なに?」 「何じゃねぇーよ。大丈夫か?魂抜けてたけど。あの男知り合いか?」 「だ、大丈夫だよ。あの人は風邪で帽子が飛んでっちゃって、僕が取りに行こうとしたんだけど、足遅くってさ。あはっ」  なんとか平常心を保たなくては、志麻に心配をかけてしまう。バイトも大学も大変そうなのに、僕のことでまた大変になったら、迷惑かけちゃうもんね。 「まさか、その帽子って…これか?」  最近買った黒色のボディバッグに、さっき飛ばられた帽子の頭の大きさの調節するところで付けられていた。 「そうっ、志麻が取ってくれたんだ。ありがとう」 「二階の外行けるとこあんじゃんか、あそこに居たらよ。外で陸がこれ追っかけててよ。それが目の前に飛んできたから取って、『取ったぞー』って叫ぼうとしたら、なんか変なおっさんくるし、陸笑ってたしよ」  目をそらしつつ、そのことを僕に伝えている。 「可愛い…」  でも、こんなこと伝えたら、また志麻が沸騰しちゃう気がするし。今回は止めることにした。 「でもまぁ、これがあのおっさんのって分かったら、持ってる意味はねぇな」  そう言い、近くの燃えるゴミのゴミ箱にその帽子を叩き入れた。 「ちょっと!なにも捨てなくても…」 「いーて、いーて。おっさんも取りに行かねぇてっことは、そんな大事でもねぇってことだろっ。帰るぞっ!」  怒りながら、先にバイクのところにズカズカと行ってしまった。 「う、うん」  なんか、怒らせちゃったかな…。

ともだちにシェアしよう!