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第20話 誘い
夕飯は、月見うどんにした。やはり消化に良く、栄養もありそうな気がして。熱々のうどんを、何となく気まずい雰囲気で食べる。いや、気まずいというのとは少し違うかもしれない。猫舌なのか、うどんをかき混ぜて冷ましながら、京が言った。
「そんなにバレバレかな、俺たち……」
「認めたくはないけどな。同類の勘だろ」
「え、俺たち眞琴さんと同類?」
「一応、男同士だしな」
すると京は恥ずかしげもなく言い切った。咄嗟に口をついたのだろう。
「違うよ! 俺、男が好きな訳じゃない。真一が好きなんだ」
「ほ~う。大胆な発言だな。食っちまいたくなるだろ」
片頬を上げて笑うと、京は自分と俺の言葉に照れ、仄かに頬を染め上げた。俯いて、ただうどんをかき混ぜる。俺は少々意地悪く、そんな京をからかった。京の照れ臭そうなカオは、可愛くて嫌いじゃない。
「おい、黙るなよ。冗談じゃ済まなくなる」
「えっ、ごめ……風邪がうつるから駄目」
言っていて、その意味する所を改めて確認してしまったのか、京はますます赤くなった。俺はくつくつと肩を揺らす。
「取って食いやしないから、安心しろ」
「う……うん」
京は俯いたまま、うどんをすすった。随分と元気になったが、まだ少し鼻声だ。襲いかかる訳にはいかないだろう。幸い、風邪特有の、発熱による艶っぽさは失われている。俺は、赤くなった京のカオを盗み見ながら、同じようにうどんをすすった。この沈黙も、嫌いじゃない。
「ご馳走様。美味しかった」
食べ終わる頃には、すっかり天真爛漫ないつもの京に戻っていた。
「おう」
丼 を持って、俺はキッチンに向かう。
「あのね、真一」
「んー?」
洗い物をしながら、生返事を返す。京が何か言っていたが、水の跳ねる音で聞こえなかった。
「ちょっと待て」
言い置いて、手早く済ませてしまうと、タオルで手を拭きながらリビングに戻った。
「何だって?」
「あの、看病してくれて、ありがと」
わざわざ居住まいを正して言う。律儀な奴だ、と思い俺は少し笑った。
「恋人なんだ。当然だろ」
「あ、あの、それでね」
「ん?」
京は意を決したように顔をパッと上げた。
「今日は俺、部屋に帰るけど……あの……」
「どうした」
視線を空 にさ迷わせる京に、俺が聞いた。
「風邪がうつらない程度……ちょっとで良いから……キスして」
「えっ」
思いもよらなかった言葉に、俺は思わず目を見開いた。
「あ、ごめん! やっぱり駄目だよね……」
その反応に、京は慌てて席を立った。
「変な事言ってごめん。じゃ、俺帰るな」
早々に玄関に向かおうとする腕を、だが俺が掴んだ。全く……何処まで天然なんだか。俺は、やや強引に京を振り向かせると、両肩に掌を置いた。
「駄目な訳ないだろ。目ぇ閉じろ?」
「え、うん……」
きゅっと力を入れて瞳を瞑る様が、愛おしい。俺は、首を竦めるようにして待つ京に、チュッとリップ音をたてて軽く触れるだけのキスをした。
「んっ……」
それだけで艶のある呻きが上がって、一瞬、京はわざと俺を煽っているんじゃないかと疑ってしまう。明日から仕事に戻る京に、これ以上の事は出来ない。心の中で泣く泣く、俺は京を手放した。
「ゆっくり寝ろよ」
色素の薄い茶色の大きな瞳が開き、微笑んだ。
「うん! おやすみなさい」
「おやすみ」
一度振り返って笑顔を残し、京はドアの向こうに消えた。俺は堪えていた溜め息を、ほうっと一つ吐 いた。
「……身体に悪い」
呟いて、しばらくは眠れそうもなかったが、熱いシャワーを浴びてベッドに入ってしまう事にした。だがシーツには京の残り香が香って、余計目が冴える事になろうとは、まだ知る由もないのだった。
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