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第48話 対バン

 曲は揃った。メンバーもやる気は上々。俺はバイトをクビになったが、そんな事は些細に思える好機だった。  ついに、対バンの日がやってきた。俺たちは、全員黒スーツにタイで決めて、最終確認を行っていた。  楽屋は別々だったが、少年貴族のベンジャミンは、わざわざ俺たちの楽屋に挨拶にきた。一瞬空気が張り詰めたが、それを見事にマコがぶち壊した。 「まっ。ベンジャミン、イイ男! 抱いてっ」  ハートマークを散らして突進したが、誰かを思い起こす華麗さでそれを躱し、壁にぶつかったマコに、仮面のような笑顔で言った。 「残念ですが、私も貴方も男性です。マコさん」  そして俺たちにもその笑顔を向けて、 「圭人様は生憎、人見知りでして。ご挨拶なしで失礼します。では、この茶番劇を皆さんで楽しみましょう」  優雅に一礼してから、出ていった。 「……茶番劇、っスか。言いますね、あいつ」  ベンジャミンを舐め回すように値踏んでいた健吾が、ルックスの良さを認めたようで、フンと鼻を鳴らした。 「ああ。何考えてるか分かんねぇな」  壁に貼り付いていたマコが、ようやく剥がれて、うふふと笑った。 「おお、ベンジャミン! どうして貴方は、ベンジャミンなの?」  マコがオーバーアクションで、ベンジャミンが出ていったドアに両腕を伸ばし、ロミジュリの悲劇のヒロインを気取る。 「見境いがありませんね、小山田眞琴。あちらはライバルだと言う事をお忘れなく」 「あぁんセイ、浮気じゃないのよ、でもベンジャミンも素敵なの!」  別の意味で盛り上がっているマコを余所に、俺と京は目配せをした。 「Seeker、来ないな、真一」 「ああ。どっちが先なのか、聞かされてねぇな」  俺たちは軽くリハーサルをしたが、少年貴族の二人の音は聞いていない。その事が、開演まで三十分と迫ってまだ来ないSeekerに、不安を覚えさせていた。 「そう言えば、サングラスでよく分かんなかったけど、Seekerもイイ男みたいだったわよねぇ」 「マコ先輩、演奏は真面目にやってくださいよ」  流石に健吾が苦情を入れる。 「任せて頂戴! イイ男がライバルだなんて、最っ高に燃えるシチュじゃない?」  そこへ、ドアがノックされる。またベンジャミンだろうか。 「どうぞ」  京が言うと、派手にバン! とドアが開けられた。 「キャッ」 「おや、キーボードくん、驚かせてしまったかねぇ……」  Seekerだった。俺は挨拶もそこそこに、気掛かりを尋ねる。 「Seeker。あの二人と俺たち、どっちが先にやるんだ?」 「それも投票だよ」 「投票?」  一斉に皆の頭の上に、疑問符が瞬く。Seekerは、愉しそうに薄く笑った。 「君たちは早くに入ったから知らないだろうけど、私が開演一時間前から、ポスターと投票箱を設置してねぇ。どっちを先に聞きたいか、開演五分前まで投票させるのさ」  五分前。その言葉に、全員が呆気にとられた。これはデビューのかかった、言わば本当の意味での『対決バンド』だ。入念に準備を整えたいのに、五分前──いや、開票を考えれば始まる瞬間まで、いつ()るか分からないだなんて。  だがこれはSeekerがジャッジの勝負だ、文句は言えない。ライバルも同じ条件となれば尚更。 「じゃあ、私は初めに演奏する組の所に、知らせにくるからねぇ」  黒いチェスターコートの裾をひらひらさせて、Seekerは出ていった。  気付けば、もう開演十五分前だ。俺たちはいつでも演奏にのぞめるよう、スタンバイして待っていた。  しかしSeekerはやって来ず、ステージからはヴァイオリンの旋律が聞こえてきた。まず最初の勝負では、少年貴族に遅れを取った事になる。リズミカルに弦を打ち合わせるような音色に、ボーイソプラノが重なった。  貴方の眼差しが私を焦がす  それでも良いの  私だけを見詰めていてずっと──。  歳に似合わぬ大人びた歌詞を、圭人はよく通る声で伸びやかに歌う。俺たちとは、全く違う世界観だ。 「これはもう、完全に好みだな」 「っスね……」  若干の危機感を持って、俺たちは出番をじりじりと待っていた。

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