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第3話

「…あ、権六さん。」 「よっ、マツ」 あの日以降、俺とマツは町外れにある小さな小屋の前で密会をするようになった。 それも週に一度、定期市がある日の午後にたったの小一時間だけのものだったが、俺とマツの仲を縮めるには十分だった。 「…マツ、髪伸びたなぁ」 「あ、そういえば」 マツの髪に手を伸ばす。それは決して艶のあるいい髪ではない。 しかし、女性的な顔つきのマツの愛らしさをより引き立たせていた。 「マツは、髪を結わないのか?」 「うーん、お金もないし、やってくれる人もいない…から」 マツは足元に転がる石を蹴りながら答えた。 …やってくれる人がいない、かぁ マツが非人であること。世間から一線を引かれていること。わかったつもりでも、マツの生活について知ると胸が傷んだ。 町を歩けば冷ややかな視線を送られ、かけられる言葉は攻撃的なものばかり、賑わう市場からは遠く離れた所にまとめられて、なるべく人の目に触れないよう生活を送る。 …何で、マツだったんだろうか。 やるせない気持ちが募っていった。 「権六さん。おれね、旅がしてみたい。」 「……旅?」 また、次の週の午後。俺が持ち寄ったおにぎりを二人でわけ合い食べていた時、マツは口一杯に米を頬張りながら言った。 「うん。……身分も、生活も、ぜーんぶ忘れて旅をするの。」 これが夢ってやつなのかな?と小首をかしげるマツ。 俺には、何故旅なのかも、何処に行きたいのかもわからない。 でも、くそったれな生活や、理不尽な差別から一時の解放が得られるならそれもいいと思った。

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