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第60話 オ マ エ ナァ……

「あら?今、埜ちゃん帰って来なかった?んー?気のせいかしら……」 バタ…… 「ん?中ちゃーん!起きたのー?母さんお仕事行ってくるから、ちゃんとご飯食べなさいねーそれともお部屋で食べるー?」 「あ、下で食べるから大丈夫!い、行ってらっしゃい」 「はーい、ゆっくり休んでね。じゃ、行ってきまーす!」 一階にいる母さんと二階にいる俺との会話だ。 …… 玄関が閉まり、鍵をかける音が聞こえた。 ホッとしつつも俺の心は穏やかではない。 ぼふ…… 階段のすぐ上で一階の様子を伺う俺の頭上にせられた物は……靴。 二階に上がってすぐ、廊下でうつ伏せに倒された俺は、埜の履いていた靴でぼふぼふと頭を叩かれているのに、何も抗議できないでいた。 だって自分の訳の分からない行動が、今のこのおかしな状況を作り上げていることに間違いなかったからだ。 「……おい」 「あーっと……あの……っ!」 うつ伏せから仰向けにひっくり返されると、射るような視線が降り注ぐ。 両手に靴をぶら下げた埜が無表情で俺に馬乗りになって見下ろしていた。 出勤前の母さんが玄関にいる俺たちに気がつく前に、履いていた履物を持った埜に引っ張られてバタバタと二階へと上がってきたのだ。 母さんに埜がいることを気づかれないためなんだろうけど…… 「お 前 なぁ……」 「あ、あのゴメン……ほらもうヤバいよな時間!あの……」 「まさか……あんな挨拶一言言いたくて、俺を家に引っ張ってきた訳じゃぁないよな?」 「え」 脇に靴を転がし、そのままの姿勢でスマホを弄る埜…… …… 「あーごめん!先に学校行っててもらえるかな?あー大丈夫……うん、悪いな本当。今日の事また連絡するから!」 「……」 あ、さっきの子に連絡してるんだ。急がないと学校を遅刻してしまう時間だ。 仏頂面の埜は、今度は別の人にも連絡しているようだった。 っていうかこの状態、どうにかしたいんだけど…… 「真人、俺今日学校休むから。んーうん、何か適当に先生に言っておいて……じゃ」 「……?」 え、休むって?埜が?なんで…… スマホ画面から俺に視線切り替えると、埜がとても意地悪そうな笑みを浮かべた。 悪役っぽい笑顔だけど、それが埜っぽいなと思いつつ……家を飛び出し無理やり埜を家まで引き戻してしまった自分を殴ってやりたい……そう思った。

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