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第82話 景森 中也

******** 「これ……は違うな」 「……」 「あーこれいいな!つーか俺が欲しいな」 「……えーと……埜ー」 「中に似合う柄ないなぁ……あ、普段はフルチンで過ごすか?」 「な、何言ってんだよ!」 クスクスと近くにいた、ショップのスタッフのお姉さんに笑われてしまった。 俺たちが兄弟以上の関係になって、初めての休日のお出かけ……初デートだ。 ダサいと言われた俺の下着を総入れ替えすべく、電車に乗って買い物に来たんだ。若者の街ってところに…… お出かけ仕様でいつも以上にカッコ良く見える埜は、暑い夏にも負けない涼しげな雰囲気で、立っているだけで絵になる。 そんなお洒落な弟と一緒にいる俺は勿論、埜がコーディネートした服を着ていた。 髪のセットもしてもらったから、怖いもの何て何もない! ファッションはこだわりとかないし、まだまだ勉強不足だなぁって思う。 だけどここまで来るのに、色んな人に今までと違う見方で見られているという実感はできていた。 それはまぁ、埜と一緒だから仕方がないのかもしれないけど、堂々とした埜は人から声をかけられても柔軟に対応していて、凄いなぁって思う。 でも初デートで下着を買いに行くなんて、恥ずかしい…… それにこのショップには、本当に俺には似合わないカラフルで派手なボクサーパンツばかりが並んでいる。 それに一枚のお値段が高そうで、これって三枚セットのお値段じゃないの?って確認したいくらいの値段だ。 「どれも埜に似合いそう……あ、でも……これどう?あ、色違いもあんじゃん」 「……」 「あーえーと駄目ならいいんだけど。埜の好きなの選んでくれていいから」 「ふーん、まぁ……いいんじゃね?採用してやるよ。……じゃぁ中は水色で俺は黄緑にするか」 「やった!ペンギン柄可愛い!」 カラフルなアニマル柄や、国旗柄が並ぶ一角にキャラクター柄を置いてある場所があって、そこにペンギン柄のボクサーパンツを見つけた。 埜に貰ったパーカーについていたペンギンによく似ていたので、一目見て気に入ってしまい、しかも色違いで埜とお揃いで買うことになったから更に嬉しい! 「中ってマジ……煽るよな……」 「え?」 「いや、なんでもねぇし……これお揃いで穿いてさぁ~脱がしっこしような?お 兄 ちゃ ん?」 「ば!ばば馬鹿ッ!」 じゃれながら耳元でそう囁く弟の言葉にドキンとしてしまった。 その耳元のすぐ下の鎖骨には、埜が残した歯形が痣となって残っていて、今日はシャツを一番上まで止めていなくてはならなかったのだ。 痣が消えても新しく更新されるから、これからも痣が消えることはないのだろう。 誰も見ていない死角で、埜の手をとりキュッと握ると、驚いたように俺を睨みつける埜の表情に満足する。 それでもギュッと握り返してくれてスルリと離れる指先……名残惜しいけれど、とても嬉しくてニヤニヤしてしまう。 誰にも言えない、俺たち兄弟の秘密。 この先が大変なのはわかっているけれど、埜となら乗り越えられる。 でも……俺はお兄ちゃんなんだからもっとしっかりしないと!埜に頼られる兄貴になりたい!一人両手で拳を作り、気合をいれる……ガッツポーズこっそりしていると、ペシペシと頭を叩かれ…… 「まぁた、変なこと考えてただろ」 「え、いや……そんなこと……」 「ほら、何枚か選んだし会計するぞ」 「うんっ!」 この後はご飯を食べてから水族館に行く予定になっていて、楽しみ過ぎて正直浮かれていた。 でも…… 俺以上に埜の方がテンションアゲアゲだったなんて、そんなこと俺は露知らず。 (こいつ可愛い!ペンギン柄選ぶとか!マジ可愛い!!!俺死んだーーーー!) ……まさかあの埜がだよ?そんなことを心の中で連呼していたなんて……俺にはわからないよね。 馴染めないと思っていた「景森」の名字は、俺のお気に入りとなったし、「景森中也」になって俺の運勢アップは本当に母さんの言った通りになった。 うーん……よし! やっぱりしっかり者のお兄ちゃんを目指すぞ! 大好きな弟……恋人の隣で、 そう密かに誓ったのだ。 暑い夏の日々はしばらく続きそうだけど、 見上げた蒼空も……俺の心も! 清々しく晴れ渡っていた。 景森クンにお兄ちゃんがデキマシタ。 【おわり】

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