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第94話 バレンタイン2

埜 その日以来、俺と中の間にバレンタインのバの字も話題に上がらず日々が過ぎていった。 中はいたって普段と変わらないいつもの中だ。 おいお前…… 俺へのバレンタインチョコをあのやり取りだけであっさり諦めたのか? もうちょっと悩むもんじゃねー? 「俺からのチョコいらないの?」「他の人からのチョコなんてもらわないで!」とか、「初めてのバレンタインやっぱりあげたい!」とか思わないのか? 初めてできた彼氏なんだから(しかもこんなにイケメンの!)もっといつもするみたいに、モヤモヤして悩んだりしないのかよ! 今年のバレンタインはもうすぐだ…… 毎年チョコはもらっている。ファンから、モデル仲間から学校の友達から…… 今年も勿論もらうだろう。 「前髪伸びたな」 「……そう?また切りに行った方がいい?」 「前髪くらいなら俺がカットしてやる」 中の髪をセットしてやるのは俺の仕事だ。 毎日の日課になってしまった朝の洗面所での中のセッティングは、俺にとって大切な一時になっている。 初めはソワソワしていた中も流石に慣れ、されるがままにじっとしていられるようになった。 俺のシャツの裾を両手で握る癖はそのままだけど、それが可愛すぎていとしい。 中の前髪をとかし少し伸びた部分をカットしてやる。 黒く短い髪がパラパラと洗面台に落ちていく。 鼻や頬につき、唇にくっつく。 「目、閉じてろよ」 「ん」 言われた通りに瞳を閉じてじっとしている中は素直で可愛すぎる。 顔についた細かい毛を丁寧にとりながらまじまじと中の顔を眺めた。 ぽてっとした唇は乾燥のせいか赤く少しかさついていて、リップでもつけた方が良さそうだ。 指先でその毛をとってやり、そのままその唇にキスをしようと身を屈めた…… …… 「あ、ごめん!今はダメなんだ」 ぱちっと目を開けた中が慌てて顔を背けてキスを拒否してきた。 は? 「わ、凄い綺麗にカットされてる!埜ありがとう!」 洗面台の鏡を見つめながらお礼を言われ、そのまま中は部屋へと戻ってしまった。 …… ……え…… 今、中にキスを避けられた? あいつ避けたよな? 地味に心が傷ついたらしく胸の辺りがズンと重くなりその場から動くことが出来なかった。 恋人にキスを避けられ…… バレンタインのチョコもくれそうにない…… え、マジで? 理解出来ないんだけど?

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