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午前4時。 いつものように自然と目が覚めた。執事長のルッツとフィルにはそれぞれ1人部屋が与えられている。静まり返った部屋の中、フィルはゆっくりと上半身を起こした。 さて、ルッツの言う罰とはいかがなものなのか。一晩明けると昨日感じた胸騒ぎは消えていた。やれるもんならやってみろと鼻歌交じりにベッドを出る。 と、そこで、異変に気付いた。 「……は?」 服が大きくなっている。最初に思ったのはそれだった。両手が袖に隠れており、両足もつま先だけがズボンから覗いているような状態だった。 ーーいや、違う。 フィルは足早に部屋の鏡の前に立ち、そして絶叫した。 「な、なんだこれは……ひっ…!」 未発達な高い声。自分のものだと思えず無意識に悲鳴をあげた。目を見開いて凝視しても見えるものは変わらない。鏡に映っているのは間違いなく自分だ。だが、。人生の中で最も忌々しかった時代、十代前半、おそらく14歳くらいの過去の姿がそこにあった。 夢、だとは思はない。こんな現実離れした現象は、ここでは日常である。そう、主人のエリオットは人外の頂点に立つヴァンパイア。こんな所業も彼にとっては朝飯前だろう。 フィルは青ざめ、とにかく部屋を出るために着替える。だが、自分の体のサイズに合わせて作られた執事服はぶかぶかで、その無様な姿に絶望した。それでも、この部屋に閉じこもるわけには行かない。意を決して外へ飛び出し、もう目覚めているであろうエリオットのもとへ駆け出した。 「エリオットさま! 一体これは何の冗談ですか……!」 「おお、やっぱり懐かしいなその姿」 「そうではなくて……! 今すぐに戻していただきたいのですが……」 居間でいつものように読書をしているエリオットは呑気な声でフィルを迎えた。20代くらいの青年の姿はフィルが初めて彼に出会った時から何一つ変わらない。 同じ姿のままでい続けている理由がおそらくあるのだろうが、恐れ多くて尋ねたことはなかった。そんな、金髪赤目の好青年はにっこり微笑んだまま、懐かしい姿へと戻った従者を興味深そうに眺めている。 「おれはお前がどんな姿だろうと構わないんだが、ルッツから、自分がいいというまでそのままにしてくれと頼まれているんだ。あいつは怒らせると面倒だからちゃんとしておけと言ったのに」 「そ、そんな…! こんな貧弱の権化みたいな姿であなた様のおそばにいるなんて耐えられませんよ! オルグレン家に泥を塗るようなものです!」 「おれはそうは思わないけどな。まあ、頑張れとしか言えない」 エリオットに、元の姿に戻す気はないらしい。フィルは言葉を失って、それでもなんとかしたくて、一歩前へ出る。 「そんな無様な姿で何をしている、ブラッドロー」 強い力で肩を捕まれ、その痛みに思わず呻き声を上げる。威圧するような声とともに現れたのはルッツだった。 「お前……! どういうつもりだこのクソ野郎…」 「場をわきまえろ。エリオットさまの前だぞ」 はっと息を飲み、フィルは唇を噛んで怒りを抑え込む。 「何か言いたそうだな? ここでなければ聞いてやる」 「…では、ご一緒願います」 押し殺した声すら迫力がないことにフィルは恥ずかしくて消えたくなる。だが、この怒りをはらさないことには死んでも死にきれない。歩き出したフィルにルッツは黙って付いてきた。なに食わぬ顔で手を振るエリオットの姿が尊すぎて、フィルは何も言えない。 「これがあんたの言う罰か? ふざけるのにも程度っていうものがあるだろ!」 居間から離れた屋敷の廊下で、フィルは立ち止まってルッツを憎しみのこもった目で睨みつけた。 「自業自得だ。俺はちゃんと警告した」 「何を偉そうに…! さっさと戻すようエリオットさまに頼めよ!」 「俺に対する口答えもなっていないような奴のためにしてやることなどある訳無いだろ」 「なんだと……っ」 突然、背中に衝撃を感じた。息を詰め、気づけばルッツの顔が目と鼻の先に迫っている。胸ぐらを掴まれ壁に押し付けられたのだ。 「ぬくぬく育ちのお坊ちゃんを従者にするなんて、エリオットさまは何を考えているんだろうな。どれだけ優秀だともてはやされたかは知らんが、この屋敷の中でお前の実力は一番下なんだが」 「ふざけんなテメェ…! ぶっ殺してやる……!」 「そうか。構わない。出来るものならやってみせろ。俺もお前には心底腹が立っている。いいかブラッドロー、お前は知らないだろうが……」 思わず言葉を失う。ルッツは笑っていた。普通の人間からは感じることのない殺気を放ちながら、狩りを楽しむ肉食動物のような目で。 「俺はずっと、どうやってお前の自尊心を粉々にしようか考えていた。それはもう、念入りに。今からその一つを試してやろう」

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