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「何度目だフィル・ブラッドロー」
オルグレン家にやって来て早1ヶ月。オルグレン家の執事を束ねる長、ルッツ・シュナイダーに呼び出されたフィルは、執事長部屋で彼と2人向き合っていた。
「なにがですか」
「とぼけるな。俺を誤魔化せるとでも?」
「誤魔化すも何も。ルッツさまを怒らせるようなことはしてないですし」
フィルの身長は183センチと決して低いわけではないのだが、対するルッツは190はあるであろう長身の男である。
鍛え上げられた体は厚く、向かい合うと余計に迫力がます。銀髪ゆえに年齢不詳だが、皺もなく血色の良いその顔は30代より上のそれとは考えられない。唯一、瞳だけが異常に鋭く、まともな生き方をして来た人間には見えないのは確かだ。
「そうか、では貴様は、仕事中に堂々と女とセックスすることを俺に咎められるわけはないと思っているわけだな」
「きちんと与えられた時間内で買い出しを済ませて戻って来たじゃないですか。咎められる理由がないですよ。おれだって考えてやってるんです。行為の時間とかね」
ヘラヘラとするフィルと違い、ルッツはにこりともしない。重苦しい沈黙が流れ、それでもフィルが恐れることはなかった。
「警告だ。次にまた同じことをやってみろ。それ相応の罰をくれてやる」
「承知しました。では」
ルッツの言葉を彼は間に受けない。街へ出て女を抱くことも、酒と煙草をやめないことも、優秀な自分ならば全部チャラだと勝手に思っている。
もちろん主人のエリオットへの忠誠心は誰よりも強く、彼を侮辱する行為は死を意味する。だからこそ分からないところで時間内で如何に欲を満たすか、その能力について彼の右に出るものはいないだろう。
「ちっ……どこぞの馬の骨が調子こいてんじゃねえっつの」
執事長部屋を後にして、フィルは毒吐く。オルグレン家に代々仕えるブラッドロー家と違い、ここで執事やメイドとして仕えている人間はみなエリオットが拾ってきた行く当てのない者たちばかりである。
だからこそフィルは彼らを見下していた。同時に、命より大事なオルグレン家に何の才能もなく仕えていることに怒りを抱いている。
「何でおれが、あんなオッサンの言うこと聞かなきゃならねぇんだ」
また舌打ちし、個人用の携帯端末を取り出す。そこに記録してある連絡先から一つ選んでメッセージを送った。
『マリー、明日街に出るんだけど、きみに会いたいよ。カザミドリ亭で待ってる』
無表情で送信完了の文字を確認し、また歩き出す。とにかくストレス発散がしたい。ルッツの警告など既に頭になかった。
翌日。
フィルは買い出しのためにまた街を訪れていた。用事を手早く済ませ、昨日連絡したマリーに会うため指定した場所へ向かう。
くわえ煙草で街を歩く姿は執事というよりマフィアという方がしっくりくる。今日はどんな体位で楽しもうかと下品な妄想を膨らませ、カザミドリ亭にたどり着いた。
が、しかし。
待っていたのはマリーではなくルッツだった。
「な、なんでここにルッツさまが?」
大男が小さな定食屋にいたら嫌でも目につく。何食わぬ顔で席に座っていたルッツに、フィルは引きつった笑みを浮かべる。
「お前がどこで何をしようが俺には筒抜けだということだ。警告をあっさり無視とはいい度胸だな」
「なんのことやら。時間が余ったので食事に来ただけですけど」
フィルの言葉を目で制する。相手を目で殺すかのように鋭いそれとは反対に、怪しく微笑むルッツの表情は迫力があった。思わず唾を飲む。
「そちらがその気なら、こちらも容赦しない。明日が楽しみだな、ブラッドロー」
それだけ言うと、ルッツは立ち上がって店を出て行った。マリーの姿はやはりそこなはなく、だが、彼女はどうしたのかと尋ねる勇気はなかった。
「明日が楽しみって……」
ルッツが言っていた罰のことがふと頭をよぎる。だが、エリオットが自分に何か罰を下すとは考えにくかった。
どうせ、大したことにはならないだろう。あいつにそんな力はない。そう言い聞かせるものの、フィルは少しの胸騒ぎを感じた。
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