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「どうだ? 少しはいい子になったかな、フィルは」
書斎にいるエリオットの元にやって来たルッツは主人にそう声をかけられ、肩をすくめる。
「全く。一度痛い目を見ただけではあまり変わらないとは思っていましたが、あそこまでとは。意外と図太いヤツですね」
「はは、そうだろ。お前の想像以上にあいつは図太いよ」
「しかしながら…いくら一族であなたに仕えているとは言え、なぜあんなだらしのない奴を側に置くのですか。わたしたちの使命は命をかけてあなたを守ること。あの平和ボケしたクソ餓鬼に務まるとは思いません」
エリオットは終始愉快そうだった。いつもの優しい微笑みで頬杖をついている。
「確かに、眷属のお前たちの目的は、おれの世話をすることではないからな。ただ、そう言った血なまぐさい事に関して言えば、それこそフィルに向いているとおれは思うよ」
「ご冗談を」
フィルとは自分より長い付き合いのあるエリオットが言う事を信じないわけではないが、あの男にそんな実力があるとはルッツ自身思えなかった。それでもエリオットの笑みは消えない。
「まあ、いいよ。あいつのことはお前に任せるから好きにするといい」
「承知しました」
それ以上ルッツは何も言わず、頭を下げると書斎から出て行く。いつもの無表情は相変わらずだったが、彼の雰囲気が少し違う事を主人は気づいていた。
「フィルなら大抵のことは大丈夫だろ。ルッツも躾に対してまんざらじゃなさそうだったし…フィルが彼のいいカウンセラーになってくれるといいけどな」
フィルには申し訳ないけれど、と心の中でつぶやいて、エリオットは笑う。
また夜が訪れた。
オルグレン家の執事たちは基本的に人間と同じ生活周期で働く事を許されている。エリオットは眠らなくとも死ぬことはなく、1日に決まったパターンがないのだ。彼に合わせていれば人間である彼らの身が持たないので、彼らはそれぞれ夜には眠り朝には目覚めるような普通の生活を送っている。
与えられる仕事も特にはなく、だからと言って怠慢することもなく、彼らは毎日のように食事の準備や掃除などなんでもこなす。空いた時間は自由に使っていいようになっていた。
「ちっ、この姿になったら今までの女たちとは遊べないな。隣町まで行くか」
今朝受けた屈辱をさっさと晴らすべく、フィルは学生時代に使っていたフォーマルスーツに着替えて出かける準備をしていた。
やはりサイズが合わなかったためにこちらも自分で仕立て直し、その出来栄えを鏡で確認しながら満足げに頷く。
誰にも見つからないようにそっと屋敷を出た。
「可愛い顔してイケナイ子。どうしてほしいの?」
いつもは訪れない街の、それなりに品の良さそうなバーを選んで、好みの金髪で巨乳な女に声をかける。体格は他の男より劣るが容姿自体は女受けするフィルは、たったの数時間で親密になった彼女とベッドの上にいた。
「全部教えてくれたら嬉しいな」
自分の上に跨る彼女の裸体は美しく、フィルは満足げにため息をつく。
「じゃあ、お姉さんが教えてあげる」
ーーはぁ、最高…。
柔らかくて厚みのある唇がじっくりとフィルの肌を滑るように動いていく。あっという間にズボンを脱がされ露わになる自身にその唇が触れた。
「……?」
違和感を覚えたのはその時だ。待ち構えていた快感は訪れず、体は何も反応を示さない。
「あら?」
その違和感に女も気づいたのだろう。先ほどの熱っぽい声とは真逆の間の抜けた声がする。
「緊張してるの? 大丈夫よ、気持ちいいだけだから」
「あ、いや、そういうわけじゃ…」
さっと血の気が引く。自分の体の変化は嫌という程分かる。
女は怪しく微笑んでフィルのモノを細い指で何度もなぞり、それでも反応を示さないそれにいよいよ眉根が寄ってくる。
「……今日はやめておく?」
「そんな馬鹿な…いや、何かの間違えに決まってる…っ」
「やだ、そう気にすることないわよ。今日は少し緊張してたのかもね。また今度遊びましょ」
慣れた手つきで頰を撫で、女はフィルの唇に軽いキスをしてさっさと服を着る。反応のないそれに用はないと言うように、投げキッスをすると部屋を出て行った。
「そんな…、冗談じゃないぞこんな…」
呆然と自身を見つめ、確かめるようにそこを握る。感覚はあった。だが、どんなに扱いても体を這い上がってくるような快感はない。もどかしい刺激だけが残り、吐き出せないまま蓄積されて行くのを感じた。
今朝はしっかり反応していたし、見下していたルッツの手で昇りつめたほどだ。あんな、無理矢理強い刺激を与えられ、感じたことのない強い快感に襲われ――
「ーーは?」
ドクッ、と、心臓が跳ねた。触れてすらない自身はいつの間にか形を持ち、疼くようにヒクヒクと動いている。
「な、なんで…」
下半身は熱いのに顔はみるみる血の気が引く妙な感覚だった。心に反して疼きはなかなか治ってくれない。仕方なく自分で慰めようと手を伸ばす。
「違う…絶対ちがう…っ」
形を持ったそこは、やはり何度扱いても先ほどと同じ状況が続くだけだ。先走りだけがとろりと溢れ、だが、達するためには何かが足りない。
もどかしすぎるその感覚に呼吸は乱れ、堪え難い時間が続くだけだった。
「これは笑えませんよ…エリオットさま…っ」
やはり心当たりが行き着く先は、主人のエリオットである。変えられたのは姿だけではなかったのかもしれない。この状況がその証拠だ。
フィルは歯を食いしばり、なんとか屋敷に戻らなければと立ち上がった。
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