自室のある二階から階段を降り、広間へ続く廊下から広間に出て、そのまま食堂へ向かう。 食堂と言っても藤堂家はそれぞれ生活が異なるので全員が揃うことなどまずない。 今日もその場には誰もいなかった。 そもそも藤堂家に来たのは自分がΩであるからだ。 両親共にβである一般家庭に生まれた俺はΩとして生まれてしまった。 両親は一緒に生活できるよう支えてくれたが、十年前に事故で亡くなってしまい、幼かった俺は母の遠い親戚である藤堂家に引き取られた。 藤堂家にΩの俺がいることを知っている者は数えるほどしかいないだろう。 この家にいれば充分な教養を受けられる。 たとえそこに愛はなくとも、10年間俺を置いてくれたこの家には本当に感謝している。 結婚相手が見つかるまで。当初の条件だったそれも遂げる時期が近づいている。 結婚相手と言ってもΩの俺は本妻ではなく子作りの為の道具になるか適当に働かされるかだろう。 ただ一つだけ願いが叶うなら…。 「おはよう、結糸」 ガタッと椅子が音をたてるほど大袈裟に驚いてしまった。 「お、おはようございます、紫薫さん」 恥ずかしくなり、斜め下を見てしまう。 「考え事でもしてた？」 俺の視線に合わせて首をかしげる紫薫さん。 透き通るような首筋に目がいってしまい慌てて逸らす。 「ふふ、可愛いなあ」 無邪気な笑みにドキッとしてしまう。 紫薫さんは藤堂家の一人で、周りから高い評価を受けている。 彼は普段は執筆活動をしていて、空いている時間には趣味の時計を弄っている。 藤堂家は皆大手企業についたり全国に名を馳せるような仕事をするような人ばかりだから、彼が周りとは違うと言われているのも少し聞いたことがある。 本人曰く「多分もうみんな呆れて放っているんじゃないかな？」と笑って言っていたが、尊敬されているのは間違いない。 贔屓目なしでもそれほどに素晴らしい人だ。