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第8話

ザッザと音がする。 それは自分の履物と砂利の多い地面とが擦り合うものだ。 ギュッと目をつぶり思い出すのは、最後の榊さんとの会話だ。 僅かな沈黙のあと、彼は言った。 「藤堂家にいる条件ってのがあっただろ」 その一言だけで全てを察した。 「…そもそも抑制剤ってのは時期を送らせたり、一時的に効果を治めるためのものであって、お前の使い方は本来のそれとはことなっている」 ふうっと息を吐いたあと彼は真剣な眼差しで言った。 「俺にはどうしろとは言えない。だが、Ωであるなら時期も時期だ。Ωである辛さは直接には俺には分からない。出来る限りのことはしてやる。だから間違っても逃げるな。ユイ、限られだ時間や選択肢の中で自分の決めた道を進め」 分からない。 俺はどうしたらいい。 どうしたい。 紫薫さんが好きだ。 陽だまりのような彼が好きだ。 でもここまで育ててくれたこの家は早く出ていくことを望んでいるだろう。 それに俺が紫薫さんを好きでも彼は俺に好意を寄せていない。 一般的に見てもΩで男の俺が紫薫さんに恋心を持つなんて浅ましいのでは。 分からない。 悩んで悩んで考えて。 色々なことがまた自分を陥れる。 普段目を背けていたことにも向き合わなければいけない。 不意に頬が濡れた。 「雨…」 傘持ってきてないな。 いつもだったら小走りで帰ろうと思うが冷静に判断が出来ないと自分でも感じる。 ゆっくりゆっくりとただただ歩く。 通りを出れば、皆小走りで駆けていった。 「ハハ…」 今の俺はどうしようもなく、醜い。 涙が数滴頬に流れるのがわかる。 それは雨の雫と交わって首筋を伝う。 「うっ……」 全てを憎みたくなる。 自分の人生を全て。根幹のΩ性も。 そしてまた自己嫌悪に堕ちる。 「結糸?」 聞きなれた優しい声に沈んでいた顔があがる。 「結糸…だよね。迎えに行こうと思ったんだけど」 ああ、なんで。 「雨すごいね。寒くない?」 今一番会いたくなかった人に遭ってしまう。 「大丈夫?」 そんなに優しい顔をしないでください。 こんな俺を見ないでください。 とめどない涙が流れる。 「し、のぶさんっ…ううっ…うぁ」 紫薫さん貴方が好きなんです。 醜い俺を見ちゃダメなんです。 突然体が揺れた。 紫薫さんの指していた傘が音を立てて落ちる。 感じたのは体をつつむ心地よい圧迫感に、紫薫さんの温もりだった。

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