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瑠璃の空 side龍空
俺の名前は龍空で、でも本当は違う。
零音の名前が無の音だ、ってことと同じ様な意味合いでね。
俺の名前は璃空。瑠璃の空。
綺麗かもね。俺からしたら綺麗すぎて吐き気がするんだけどさ。
だって俺は実の父親とか、知らない男とか……色んな奴の相手をしてる。昨日に至っては体の相手までさせられた。
そんな俺が綺麗だって? 有り得て堪るか。
はあっ、と一息つく。
零音が俺と同じ空間に居ないことで、淋しいようで落ち着く。恋い焦がれる替わりに、自分の穢さから目を背けていられるんだ。
それが正しいことだなんて、一瞬も思ってないけど。
じゃあ何が正しいんだろう。
俺はふと考える。この世界に本当の意味での善悪ってのがあるのかどうか……まあ確かめる方法は無いよなあ。残念無念。
いや、まあそれはもしかすると嬉しい事なのかも知れないね。俺自身が認めたくないだけで。おお、無意識とはなんと哀しいことなんだろう?
……まあ、何を考えていても無駄だって事はよく解ったし良いや。そろそろ諦めよう。
俺の頭の中から昨日の快楽は忘れ去られることはないし、“悪魔”と呼ばれる彼の体温と優しさを白紙に戻すことも出来ない。
戻すべきでも無いだろうから、別に構わないんだけどさ。
「あー……」
唸る。意味も無く。
ただ思考回路をリセットする気分で? いやまあ気分だけど。
そこに、通知音が前触れ無く突然響いた。
び、びびったあ……。誰からだ?
俺はケータイの画面を開く。……友達追加の知らせ。
“悪魔”と呼ばれる彼……なのだろうか?
表示される名前は、【吊】。何と読むのだろう?
俺は気になって、メッセージを送る。
【友達追加ありがとう。ところで名前、なんて読むの?】
……すぐに既読が付く。
一瞬の空白。後、通知音。
【ちょう。】
簡潔な3文字(それとも4文字?)。
へえ、吊って書いてちょうと読むんだあ。……俺は下らない知識を一つ増やしたようだね。無駄無駄。まあ覚えておくんだけど。
【昨日はありがとね。宿泊費まで出してくれて、感謝してる。】
一応世間話、かな。
いや、まあ内容はかなりあれだけど……俺今暇だし、彼はきっと、というか絶対に誰にもこのことを言わないし。
「おい龍空、俺は少し出掛けてくるぞ」
【どう致しまして。】
零音に声を掛けられるのと、吊からの返信を貰うのはほぼ同時だった。
少し可笑しくなって、笑う。
「あ、いってらっしゃーい!」
怪訝そうな雰囲気がしたから、取り敢えず返事をしておく。
……零音が扉と鍵を閉める、音がした。
俺はそして、布団の中に潜り込んだまま文字を打った。
【ところで、何で吊は俺に連絡先を教えてくれたの?】
自分で書いていて不思議に思った。
何で彼は俺に連絡先をくれたのだろうか……ってね。
助けてくれるまでは仁義的で道義的なものだけれど、連絡先を教えるのは全くそれとは関係ないからね。
……既読はすぐに付いた。でも今度は中々返事が来ない。当たり前、かな。
でも10分くらいしたところで返事が。
【放っておけない。】
……凄く面白かった。
俺を放っておけない、ねえ。……頭を軽く搔き回して苦笑する。
俺のことを気に掛けてくれてるんだとするなら、そりゃあ嬉しいよ。彼には好感が持てるからね。零音並みに。
だけど、それ以上に……なんか既視感があったかな。気にしなくても生きていけるような、些細なものだけど。
まあ、いいや。
俺はありがとうとだけ送ってケータイを閉じた。今はもう、体に疼きや熱は無い。
眠ってしまおう。
俺は零音の匂いに鼻を埋めた。……目を閉じて、睡魔がやって来るのを待つ。
「……このまま死んでしまえたなら、どれだけ幸せであろうか」
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