「洋月の君、もう部屋に入ってもいいか」 隣室で私も濡れた狩衣を脱ぎ、手早く直衣に着替えた。 ところが、いつまで待っても洋月の君からの返事がないので、思い切ってこちらから声を掛けてみる。 相手は同性の男なのに、女子以上に気を遣うなんておかしなものだ。 でも尊重してあげたくなる、そんな切ない眼差しだった。 一向に返事がない。 一体どうした？具合そんなに悪いのか。 「…入るよ…いいか」 洋月の君は狩衣を脱ぎなんとか白い単衣に着替えたところで、一気に具合が悪くなってしまったのか、肌着姿で壁にもたれ目を閉じていた。 「おいっ！大丈夫か」 そっと近づき、額に手をあててみると、熱がまた上がっているようだ。 「んっ…さ…寒い」 顔色も悪く寒そうにカタカタと小さく肩を震わせている。 くそっ！火鉢があれば部屋を暖められるのに。 女官もいないのでは、どう対処したら良いのか分からない。 俺に出来ることは、己の躰で温めてやること位だ。 畳の上に乾いた直衣を敷き、洋月の君をそっと横たえさせる。 降下したとはいえ帝の皇子に失礼なことかと思いつつも、この状況で彼を温められるのは、この方法だけだろう。 そして、そっと覆いかぶさり躰を密着させていく。 洋月の君、ほっそりとしている。 君は随分と細い腰で頼りない躰つきなんだな。 「んっ…寒い…寒い…」 うわ言のように何度も寒いと呟く洋月の君が心配になる。 「そんなに寒いのか？」 暫し迷った後、躊躇していた気持ちを整理して、洋月の君の白い単衣の袷に手を挿し入れ、そっと肩が露わになるように、降ろしていく。 あまりに美しい絹のような肌に、私の躰がぞくっと震える。 熱のせいか、平らな胸の乳首は上品な桜色に染まり、なんとも艶めいた躰だ。 しっかりしろ！ この行為は、熱がある洋月の君を介抱するためだ。 私も胸をはだけさせ、洋月の君の上半身へぴったりと重ねてやる。 私の温もりを少しでも分け与えたい。 意識もうつらうつらしている、洋月の君は何の抵抗もせずに身を委ねてくる。 「あぁ…温かい…」 やっと躰が温まってきたのか…幾分穏やかな寝息を立て始め、やっと眠りについたようだ。 じっとその顔を眺める。 今までこんなに近くで見つめたことはなかったので、つい見入ってしまう。 長い睫毛が彫りの深い美しい顔に影を作っている。 女子のような可憐な顔にほっそりとした躰… 帝の皇子はどの方もお美しい方ばかりだが、洋月の君の美しさは格別だな。 洋月の君… 君はなんて儚げな人なんだ。 この上ない身分に華やかな境遇 凡人が持てないものを余すほど持っているというのに… なんで、こんなにも今、か弱く私の腕の中で震えているんだ。 何か人に言えない秘密でもあるのか？と心配にもなる。 君が私の前だけで明るく笑ってくれる姿が好きなんだ。 私は君の存在が気になって…気になってしょうがない。 君が笑ってくれるのなら、いつだって助けてあげたい。 今宵のように… 今日の鷹狩は一生忘れないだろう。 このような機会はもうないだろうな。 こんな風にまた二人だけで過ごせる時があればいいのにとすら思えてくる。 私は一体…何をしたいのだろう。 洋月の君の前では、もう自分自身のことが分からなくなってきている。 頭の中に、恋人へ贈る有名な句が浮かんでくる… 名にし負はば　逢坂山（あふさかやま）の　さねかづら 　　　人に知られで　くるよしもがな 　　　　　　　　　　　三条右大臣（25番）　『後撰集』恋・701 ※ 恋しい人に逢える「逢坂山」、一緒にひと夜を過ごせる「小寝葛　（さねかずら）」その名前にそむかないならば、逢坂山のさねか　ずらをたぐり寄せるように、誰にも知られずあなたを連れ出す方　法があればいいのに。 恋人にまた逢いたい… そんな歌が浮かぶとはいよいよ重症だ…参った。