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陽だまりのような人6
明け方までの雨もやみ、森の空気は澄み渡り、粗末な廃墟にも明るい朝日が差し込んで来た。
目の前の暗黒の世界が希望の色、暁色に変わるのを感じ、俺は目を覚ました。
「んっ…ここは?」
昨日は鷹狩に出て…それで…どうしたのか思い出せない。
しかし暖かいな、ここは何処だ?
人肌のような柔らかい温もりを感じ、まだ眠くて硬く閉じていた目をそっと開くと、そこは何故か肌色の世界だった。
「…えっ?」
ぼーっと霞む目を凝らして見ると、丈の中将の裸の胸にすっぽりと抱かれていた。
自分の躰を見ると、やはり上半身に何も纏っていない。
「えっ!なんで…こんなことに?」
あまりに驚いて目をパチパチとさせていると、丈の中将がその気配に気が付いたようだ。
「洋月の君、起きたのか?」
身を起こして、俺の顔を覗き込む。
俺は丈の中将の逞しい胸を至近距離で見つめる形になり、恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になってしまった。
「あれ?顔赤いな?まだ熱あるのか?」
額に手を当てられる。
思うように言葉が出てこなくて、口も開いたまま茫然としてしまった。
「おい大丈夫か?まだ具合悪いのか?」
「なっ…なんで俺こんなことに?」
「あーコホン。それはだな、覚えてないのか」
「あぁ…何があった?」
記憶が朧げで、うまく思い出せないのもあり、首をゆるゆると横に振るしかなかった。
「昨日は、洋月の君と鷹狩でずいぶん山奥に踏み入ってしまったんだよ。そんな時酷い雷雨になって…それでこの廃墟で雨宿りしたわけだよ。君は熱があって酷く震えていたから…」
「そっそう…でもなんでこんな姿に?」
上半身が裸なのが急に恥ずかしくなり、近くに転がっていた直衣を慌てて羽織りながら問う。
今まで牡丹につけられた口づけの痕が残ることもあり、誰にも見せないようにしていた肌なのに…こんなにも呆気なく丈の中将に見られてしまうとは。
あぁ今日は牡丹の痕跡が消えていて良かった。
見られなくて…知られなくて…本当に良かった。
「あーびっくりしたよな?洋月の君がびしょ濡れで熱もあって震えていたから、緊急事態だったから。火鉢もないし…躰で暖めるしか術がなかったんだよ。悪かったな。すまなかったな。嫌だったか」
丈の中将は邪気のない明るい笑顔で問うてくる。
「…いや…おかげで熱は下がったみたいだ…」
嫌なはずなんてない。
君の肌は温かく居心地が良かった。
牡丹とは全然違う。
牡丹は俺を抱くが、俺を抱きしめたりはしない。
抱かれるというのは、こういうことなのか…
これを、抱きしめられるというのか…優しく包まれるように、ふんわりとした感覚だ。
なんて気持ちが良い行為だろう。
俺は何も知らないんだな。
そんなことを考えていると、窓を開け空気を入れ替えていた丈の中将が嬉しそうな声をあげる。
「洋月の君…見てごらんよ。空に大きな虹が出ているよ」
「虹?」
「まさか…見たことないのか?」
「いや…あまり空を見ることが今までなかったから…愛でたことはないだけだ」
「そうなのか。さぁおいでよ」
手を引かれ、粗末な家の軒下に誘われる。
病み上がりの俺を気遣ってか、両肩に手を置いて後ろから支えてくれる。
なんだか抱き留められているようで恥ずかしい。
見上げれば空を駆け抜けるように、大きな虹が弧を描いていた。
「綺麗だ…」
思わずため息と共に感嘆の声があがってしまう。
「ふふっ洋月の君と二人で見れて嬉しいよ」
「なっ…男同士見たって…そんなもの…君も物好きだな…」
恥ずかしさのあまりわざとそう言い返して、丈の中将のことを見つめると、温かみのある笑顔で笑っていた。
俺の荒んだ心も、君といると健やかな成長をしてきたかのように清々しい心になれるよ。
君は…俺にとって大事な人なんだ。
本当に陽だまりのような人だ…
『陽だまりのような人・了』
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