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帰らなくては 1
粗末な屋敷で二人きり…
空から少しずつ消え行く虹を肩を寄せ合い、ただ見つめていた。
「ねぇ丈の中将…俺はいつかこんな虹を大切な誰かと見たような気がするよ」
「そう?君は不思議な人だね。そんなこと急にいうなんて」
「なんで?変か」
「人に関心があるようでないのに、突然そんな不思議な因縁めいたことを言い出すから」
「変なこと言ったか、俺?」
「いや…それって輪廻転生のことか?」
「あぁそういうことか…俺はこの世に執着はない。早く生まれ変わって次の何処かに行きたいよ…」
「おいおい…一体なんでそんなことを想う?君は帝の息子でその美貌、何でも持っているのに」
不思議なことを言うもんだなと問うと、洋月の君は悲し気な笑みを湛え
「だって俺は…何も持っていないし、何一つ自由にならない…」
意味深なことを…
綺麗な横顔で天を仰ぐ姿は、このまま虹と一緒に消えて行ってしまいそうだ。
儚げな君を守ってやりたい…
そんな気持ちで溢れそうだよ。
昨夜から今朝にかけて、けっして宮中や左大臣家では見せない素の洋月の君に触れ合えたようで、嬉しい反面、凄く心配になていた。
暫くすると山奥から私たちを探しに来た従者の声が響いて来た。
「洋月の君様~丈の中将様~」
「おーい!ここだ!ここにおる」
この二人きりの時間もここまでか。
少し残念な気持ちだ。
馬に乗れると言っているのに、心配した従者たちは牛車に乗るようにと聞かない。
「しょうがないなぁ。本来ならばこんな山道だから馬の方が楽ではないのか」
「洋月の君様のお加減がお悪いと伺っております。これは帝のご指示ですので、何卒。
この家の反対側にきちんとした道がございましたので、そこに牛車を停めてあります。」
「帝…」
後ろで聴いていた洋月の君が、不安げに「帝」という言葉に反応した。
「やれやれ…帝はいつまでも過保護なんだな。もしかして外泊したこと怒られないか心配なのか」
「あっ…そうだね」
まただ。困ったような寂しそうな顔をする。
もう今すぐ抱きしめてやりたくなるじゃないか。
はぁ…せめて帰り道までは二人きりの時間を過ごしたい。
「では共に乗ろう」
「牛車に丈の中将と?」
「あぁ狭いが我慢しておくれ」
「…あぁ、いいよ」
洋月の君は花のような美しい笑顔を作り頷いた。
その細い手を引いて、足元の悪い山道を牛車まで誘導する。
洋月の君の少し乱れた髪の後れ毛が日に透けて…歩く度に細い首筋で可憐に揺れている。
可憐で…華奢で…可愛い人だ。
私の心臓は早鐘のように鳴り始めた。
いや…しっかりしろ。
妹の婿殿で、宮中で古くからの親友だ。
この変な気持ちは一体なんだろう。
はぁぁ…
悩まし気なため息が深く漏れてしまった。
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