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帰らなくては 2
「洋月の君、さぁこちらへ」
先に牛車に乗り込んで、洋月の君の手を取り力強く中へ引き寄せてやる。
「わっ狭いな」
洋月の君がいくら華奢だといっても、牛車の中に男が二人は確かに狭いもんだな。
でもそのお陰で肌と肌が触れ合う程の近い距離に、洋月の君がいる。
そんな些細なことが嬉しく感じる。
「洋月の君は、女子としか乗ったことないんじゃないか?牛車に二人乗りなんて」
ふと思ったことを口に出すと、洋月の君の顔が曇る。
「俺は世間で噂されるほど経験ないよ…」
「えっだって夜な夜なって噂なのに?」
「…夜な夜な?」
「洋月の君が、夜中に潜んで宮中を出入りする姿を見たっていう奴が何人もいるぞ。その…宮中に誰か良い女がいるのか?まさか帝の更衣や女御に手は出していないよな?」
「くっ」
何がおかしいのか洋月の君は、哀しみを押し殺したような顔で笑った。
****
「そうか…見られていたのか」
「?」
「丈の中将…その姿は確かに俺だが、それは外から見た姿に過ぎないよ」
そう…その姿は確かに俺だ。
でも女子のもとへ通う姿ではない。
牡丹に抱かれに行く姿。
牡丹に抱かれた後の姿。
そんな汚らわしい姿を宮中の公達に見られていたとは、皮肉なものだ。
「洋月の君は、どうしていつも悩んでいる?恋煩いかと思ったがそうでもないようだな…」
丈の中将だけは、そんなことを面白半分に口に出さないで欲しい…
そう願っていると、俺のことを心底心配したような穏やかな眼差しでのぞき込まれ、心臓の鼓動が早まっていく。
そんなに心配そうに、見つめないでくれよ。
俺は綺麗じゃないよ。
君に心配されるような立場ではない。
牡丹に汚され、抱かれ続けている汚い躰だ。
本当に早くこの世から水の泡となって消えてしまいたい。最近特にそう思うことが増えた。
もう7年だ。
15の時から7年もこんな汚れた関係を繰り返していたら、もういい加減嫌になるだろう。
「もう…嫌なんだ…」
そんなことを考えていたら思わず独り言が漏れてしまった。
「…洋月の君…君は何か人に言えない秘め事があるのか?それは…私にも話せないことなのか?」
「なんでもないよ。大丈夫。ちょっと疲れてきただけだ」
「そうか、それならいいが。さぁ都までの道は長い、俺の肩にもたれるといいよ」
「…ありがとう、そうさせてもらおう」
この肩は好きだ。
温かく俺を包んでくれる。
肩から伝わる丈の中将の体温が心地よい…
昨夜この裸の胸に抱かれていたことを思い出すと赤面してしまう。
帝とは全然違う。優しく大切に、俺を抱きしめてくれていた。
どこまでもこの時が続けば良いのに。
終わりなんて来なくて…
そうしたらもう牡丹に抱かれなくて済むのに。
だが、そんな儚い願いはむなしく終わる。
都へ着くなり、帝の牛車が迎えに来ていた。
「洋月の君さまはこちらの牛車にお乗り換えください。帝が心配で洋月の君様のお顔を見たいと仰せですので…」
「えっ…」
絶句する。
帝…牡丹が俺を呼んでる。
きっと昨夜…無断で外泊した俺を責めるのだろう。
まして丈の中将と一緒だったなんて知ったらひどく怒られるだろう。
嫌だ…行きたくない。
このまま丈の中将と左大臣廷へ行って、今日位ゆっくり休ませてほしい。
熱が冷めたばかりの躰で抱かれるのはつらい…
「洋月の君?」
丈の中将が不思議そうに見つめている。
「あっああ…」
「洋月の君は、愛されているんだな。東宮さまよりもずっと気にかけてもらっているな」
何気なく言われた「愛されている」という言葉に傷つく。
父と子の親子の愛ならどんなに良いだろう。
どんなに健全だろう…
だが帝は俺のことを性の捌け口程度にしか思っていない。
それは、口が裂けても言えないことだ。
「分かった…丈の中将、世話をかけたな…そろそろ帰らなくては、俺がいるべきところへ」
そう告げて、独り寂しく牛車を降りた。
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