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月夜の湖 1

 宮中にて公達に囲まれ柔和に微笑む洋月の君の姿を、久しぶりに見かけた。  洋月の君は容姿が端麗なだけでなく、よく透き通る艶っぽい声で気転の利く会話ができ、公達の間でも人気者なのだ。  あぁ今日はもう元気そうだ。頬も桜色に色づき、唇も空からの滴が零れ落ちたように潤っていて、先日のような疲れた感じはない。顔色も良い。私はほっとして、思わず洋月の君に微笑みかけてしまった。  だが私の視線を感じて一瞬目が合ったのに、すぐに逸らされてしまった。やはりもう以前のような仲には戻れないのか。がっくりと肩を落とす私のもとに黒髭の大将が、騒がしく話しかけてきた。 「おい!丈の中将知っているか。帝の元に最近入内した女御のことを。何でも絶世の美女だそうだぜ!それが洋月の君の遠縁の姫という噂なんだ!きっと洋月の君のような麗しい顔立ちなんだろうな。しかもその女御は不思議なことに、宮中に部屋をもらっているのに満月の夜になると何処からか現れ、帝の元に通うそうだ」  洋月の君の遠縁の姫という所に、私は食いついた。 「……して、その姫の名は?」 「あぁ、月夜姫というそうだぜ。月の光のような静かな美しさからついたとのことだ。さすがプレイボーイのお前だな。やはり興味を持ったのか。一度でいいから会ってみたいよな。あぁでも帝の妃だから夜這いするわけにいかないし。おいっ!なんかもどかしいな!」 「そうだ!洋月の君に紹介してもらわないか。顔だけでも拝みたいよな」  黒髭の大将は無遠慮に洋月の君のもとへ近寄り、その華奢な肩をぐいと掴んだ。 「洋月の君、遠縁の女御という月夜姫のことを知っているか。なぁ俺にも紹介しろよ!」 「……いや、俺にはそのようなことは」 「何言ってるんだ! 宮中で丈の中将と並ぶプレイボーイのお前がそんな弱気なことを。なぁ紹介してくれよ!お願いだ」  ゆさゆさと黒髭の大将に肩を揺らされ、そのほっそりとした首がゆらゆらと心許なげに揺れている。手折ったらすぐに折れてしまう小さな花のようだ。 「なんだよ。勿体ぶって!じゃあその代りに洋月の君が俺の相手をしてくれるのか」 「なっ何を言うんだ!まったく、冗談にもほどがあるぞ!」  途端に洋月の君は何故か怯えたように躰を震わせ、黒髭の大将の肩越しに私を見つめ、助けを求めるような縋るような眼差しを向けて来た。  そんな顔で私のことを見つめるなんて反則だ。やっぱり守ってやりたくなるよ。 「おい、やめろよ。黒髭の大将、洋月の君が嫌がっているじゃないか」 「あ?あぁすまん。月夜姫が駄目なら、この美しい洋月の君でもいけそうな気がしてな。はははっ……じゃあ俺は行くよ。またな」  そそくさと黒髭の大将が去って行ったので、私と洋月の君だけが宮中の渡り廊下に二人きりで残される状態となった。 「……あの、ありがとう。丈の中将」  洋月の君は少し気まずそうに礼を言った後、足早に立ち去ろうとするので、その手首を掴み、私も問うてみる。 「本当に洋月の君のお従妹にあたるのか」 「えっ誰のこと……?」  何を問われたか一瞬分からないような顔をして、私のことを見つめてくる。 「月夜姫と呼ばれるお方のことだよ」 「あ……あぁ、まぁそんなところだ。遠縁なので俺はそれ以上知らない」  苦虫を噛み潰したように答え、そっと掴んでいた手を解いて行ってしまった。 「待てよ」  いや、深追いはやめておこう。これ以上嫌われたくないからな。洋月の君と話すと、最近胸がドクドクと騒がしくなるのだ。  それにしても洋月の君にそっくりだという女御の月夜姫か。確かに帝の女御というが、一度だけでも垣間見たいものだな。女子のように麗しい憂いを湛えた洋月の君を間近で改めて見ると、このような顔立ちで本当の姫だったら、一体どんな美しさなのか。天女のような方なのか気になる一方だ。とにかく一度間近で見たい。  洋月の君への、この妖しいおかしな気持ちを整理するためにも。  私は洋月の君が好きなのか。それとも……

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