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月夜の湖 4

 満月の月が妖しいほど白い輝きを放ちながら、湖へ降り注ぐ宵のことだった。  その日たまたま宮中で宴があり、夜更け過ぎに自邸へ帰ろうと牛車で湖畔を通り過ぎた時に、道の端で右往左往している1台の牛車が目にとまった。どうやら昨夜の雨でぬかるんだ道の轍に車輪がはまってしまったようで、左に傾いた牛車の周りで随行のものが焦って体制を整えようと奮闘していた。  牛車は質素なつくりに見せかけているが、相当高貴な姫が乗っているような風情を醸し出していた。気の毒に思い、従者に声をかけてやった。 「どうしたのだ?」 「あっあなたさまは左大臣のご子息の丈の中将さまであられますか」 「ん?何故、私を知っているのだ?」 「私は以前、洋月の君さまの従者をしておりましたので、お顔を存じております」 「洋月の君の? して、どうしたのだ?」 「実はご覧のとおり、車輪が轍にはまって右往左往しているのです。中にご乗車されている姫君を一度降ろし体制を整えたいのですが……洋月の君さまの縁のさる高貴な姫君のため、私共が直接触れることが出来ず困っておりました」 「なぬ?洋月の君ゆかりの姫とは……まさか月夜姫か」 「……姫君のご身分は明かせませんが、丈の中将様でしたらご身分的にも申し訳ないのです。もしよろしければ、あの樹のところまで姫君をお連れしていただけませんか」  願ってもないチャンスだ。あの日洋月の君と決別し、満月の夜になると月夜姫に会いたくて……いや洋月の君が恋しくて……この湖の周りをよく歩いたものだ。まさか今日ここでこのような機会に恵まれるとは! 「承ろう。私でよければ」  私は傾いた牛車の横に立ち、中の姫君に声をかける。 「姫君……さぁこのままではここから動けません。一旦私に身を預けあの樹まで移動しましょう」  そういいながら中を覗くと、とてもあでやかな十二単を纏い、扇ですっぽりと顔を隠した若い女性が牛車の端に蹲っていた。扇を持つ手がカタカタと小さく震えている。装束から大変高貴な姫であることは一目でわかった。  やはり月夜姫なのか……滲み出る高貴な香り……きっとそうに違いない。扇で顔は見えぬが、頭の形などからも相当な美人であることが伺える。だからもう月夜姫だと断言して話しかけてみることにした。 「姫、怯えることはございません。私はあなた様の遠縁の洋月の君の義理の兄になります。さぁこちらへ、あちらの樹までお連れいたします」  牛車の中を覗くと、姫はさらに奥へ、まるで私から逃げるかの如くずり下がっていく。私に触れられるのを困惑しているように感じたが強引に牛車に身を乗り入れ、姫君を強引に抱きかかえた。 「!!」  姫君は緊張で身体を強張らせ息までも潜めているのが、伝わってくる。私は素知らぬ顔で姫を横に抱き、もっと姿を確認したくて、わざと月明かりの方へ向ける。  扇で顔を隠しているが、姿かたちが洋月の君にかなり似ている!そして抱いた時に感じた、気高い花のような香しく甘い香りも洋月の君と同じだ。やはりこのお方は月夜姫だ!お従妹にあたるのだろうか。こんなに似た雰囲気とは……感激で興奮してくるものだ。あんなに憧れた月夜姫を抱き上げているとは夢のようだ。  月光が映り白く輝く湖の湖面にせり出した樹木は、姫が腰かけるのに、丁度良い高さと太さだ。 「さぁこちらで暫くお待ちください」  月夜姫は小さく震えてはいたが、抵抗もせず大人しく樹に腰かけ、小さくコクンと可愛らしく頷いた。顔は扇でしっかり隠していているので伺えない。しかしその場を去る振りをして、少し離れたところで見守っていると、月夜姫は私がいなくなったと思ったのか扇を顔からそっと降ろし、まっすぐに湖を見つめた。  途端に溢れ出す月光を浴びたその横顔は、洋月の君と瓜二つの端麗な麗しさだ。涼やかなまなざしで、悲しげに月光が映る湖を静かに眺めている。涙を堪えるような憂いを帯びたその表情までもが、洋月の君そのものであるではないか! 「おぉ……これほどまでに!」  私は思わず声が出そうになった。もしや双子なのか。そう思うほど似ている。月夜姫は既に帝の女御であるのはわかっているが、どうしても近づきたい!願わくば私のものにしたい。  帝の女御を寝取るなど叶わぬ夢と分かっていても……洋月の君にそっくりな顔を見てしまったら、もう私の気持ちは止められない。

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