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涙の決別 3
「洋月の君」
俺が差し伸ばした手は、丈の中将の温かい手によってしっかりと握り返された。
「……俺は……どうして、ここに? 」
「それより私が聞きたい。一体何故あんな所で……あんなに傷ついて」
「……」
「まさかとは思うが、君を傷をつけたのは」
「言うなっ!それ以上」
丈の中将が思いつめた顔で見つめてくるので、きまり悪くてつい目を逸らしてしまった。握られた己の手首に目をやると、擦り傷が治療され白い布で巻かれていた。もう……気がついてしまったのだろう。この惨い傷がどうやって、誰によって……つけられたのかを。
もう全てお見通しなのか、恥ずかしい。
それならば、もう消えてしまいたい。
そう思うと胸がぎゅっと鷲掴みにされたように苦しくなる。
これ以上己の恥をさらす前に行こう。
やはりこのまま去ろう。
丈の中将には知られたくない。俺がずっと帝に凌辱され続けていたなんてことは……
決意し、よろよろと躰を起こし、握られた手を振り解く。
「悪かった。このような情けない姿を見せてしまって」
「洋月の君を傷つけたのは……まさかとは思うが」
丈の中将は何かの答えを見つけたように、青ざめ震えていた。
「しっ……言うなっ!それ以上はあなたに迷惑をかけることになる」
「だが」
「丈の中将、今日は悪かった。もう俺は大丈夫だから、自分の部屋に戻るよ」
そう告げて鉛のような躰を奮い立たせ立とうとしたが、相当昨夜の仕打ちが酷かったのだろう。そのままよろけるようにまた床へ倒れ込みそうになった。まさにその時、丈の中将の逞しい腕が俺をしっかりと抱き留めた。
「何故……俺を助ける? 」
「洋月の君、怯えるな。言いたくないことは言わなくていい。聞かないから!ただ躰をきちんと治療させて欲しい、君は今一人で立っていられない程、衰弱しているのが分からないのか」
「この程度の傷なら……大丈夫だ。治療は一人で出来るから離せよ」
振りほどこうとした手は堅く再び握りしめられ、そのまま床にバタンっと音を立て押し倒された。胸元に丈の中将の手が忍び寄り、乱れた袷をばっと開かれ、肩をむき出しにされていく。
「何をする? や……やめろ! 駄目だ! 見るな!」
ガバっと丈の中将が重なってくる。
駄目だ!見られたくない!
昨夜牡丹から受けた情事の後が色濃く残っている己の躰だ!
心の中で大きく叫び抵抗した。
「洋月の君……好きなんだ、私は君が好きだ。やっと気づいた!」
「えっ!」
「月夜姫じゃない……素のままの姿の君が好きだ!」
「あっ……」
「月夜姫は君だろう?どうして私はすぐに気が付かなかったのか」
気づいていたのか。月夜姫が俺の女装姿だったことに。
一体いつ? あぁもう本当に終わりだ……早く消えなくては。
「やめろ……知らなくていいことだ」
激しく動揺していると、丈の中将が、その温かい胸元に俺をしっかりと抱きしめてくれた。心臓の音が早鐘のように鳴っている。俺の音なのか丈の中将の音なのか分からない程、ぴったりと胸を合わせていた。
「何も答えなくていい。洋月の君が心配することはない。ただ私から逃げるなよ。ここにいろっ」
「……っつ」
「大丈夫、私が全部受け止めてやるから…」
これ以上はだけないように胸元を必死で抑えていた手が、丈の中将の優しい言葉と眼差し、温もりによって緩んでいくのが分かった。目の奥がじんと熱くなり涙が込み上げ、躰の力が抜けていく。
こんな俺でも許されるのか。
丈の中将の想いを受け入れることを……
汚れた躰の俺でもいいのか。
そんな資格があるのだろうか。
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