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遠く彼方へ 1

「んっ……」  朝日と共に目覚めた。昨夜俺の身に起きたことを反芻すると、自然と躰に熱が帯びて来てしまう。下半身が鈍く重たいのはいつものことだが、心はいつもと違って虚しく侘しい気持ちではなく、充実感で満たされていた。 「丈の中将……」  小さな声でそう呟いてみる。俺を優しくそして激しく抱いて求めてくれた。行為の最中に、あのように甘く疼くような気持ちになるのは初めてだった。まるで初めて抱かれるかのように躰が敏感になって、我を忘れるほど感じてしまった。  一方的に貪り食われるような強引な交わりではなく、俺も君も求めあっていた。  まぐわいとは共に求めあうことなのか。  共寝──  その意味がこの歳になって初めて分かった。  触れられ求められた唇にそっと手をあててみると、潤いを帯びていた。牡丹とはすべてが終わった後には、汗や涙…すべての水分を搾り取られ、干からびたように辛い朝を迎えていたのに……こんなにも事後の躰が違うなんて、俺は本当に何も知らなかった。 「起きたのか」  突然、御簾越しに声を掛けられたので、驚いてしまった。 「丈の中将……あぁ……起きたよ」 「入っていいか」  まるで女子を扱うかのような丁寧な言動に慣れず、恥ずかしさが満ちてくる。丈の中将も少し恥ずかしそうな表情を浮かべていた。 「洋月……昨夜のことを覚えているか。私達は互いの衣を重ねて敷き共寝をした」 「あぁ、もちろん」 「後悔していないか」 「していない。……君は?」 「もちろんだ。私が望んだことだ。受け入れてくれてありがとう。これは私の心の気持ちに寄り添った歌人の歌だ。君に受け取ってもらいたい。私は内裏に行かねばならぬので、もう出かけるが、君は少し休んだ方がいい。家の者には具合が悪いと伝えておくから安心しろ」  丈の中将は一通の文を俺に手渡し去って行った。その文には白き百合の花が一輪添えられていた。 「俺に……文?」  丈の中将から文をもらうなんて……初めてだ。  そっと開くと百合の清らかな香りと共に、丈の中将の想いに包まれた。 ****   ~面影の忘らるまじき別れかな      なごりを人の月にとどめて~                    新古今・西行  その面影を忘れられそうにもない別れです、あなたを想ってなごりのつきない心を、この月のひかりのなかに残して。 **** 「ふっ……丈の中将の奴……男相手に※後朝の歌を寄こすなんて」 ※「きぬぎぬ」は「衣衣・後朝」と書き、「男女二人の着物をかけて共に寝た翌朝、それぞれの着物を着て別れること。また、その朝」とある。当時は「通い婚」が通例で「朝の別れがたい切ない気持ちを『きぬぎぬ』の言葉に託す」との解説があります。  そう思いながら文を胸に抱くと、俺の心は満たされた幸せな気持ちで溢れていった。  ありがとう──  こんな俺を、大切に思ってくれて。  君と生きていけたら、俺の人生はもう一度やり直せるのだろうか。  このような幸せは、まだ不慣れで……この先一体どうしたらよいのだろうと思案してしまうよ。

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