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遠く彼方へ 3
御簾を上げると眩い月光が直接に私達を照らした。その光を静かに浴びる洋月の横顔は、ゾクっとするほど美しく浮き上がっていた。私はその横顔をいつまでもいつまでも眺めていたくなった。
「洋月……」
「んっ……何?」
ほっそりとした首を少し傾け、あどけない表情で私を見つめる洋月が愛おしくて、このまま何処かへ連れ去り二人きりで暮らしたい。そんな淡い夢を抱いてしまう。
洋月は事実がどうであろうと帝の息子であって、宮中の花のように注目されている存在だ。それに我が妹と婚姻をしている立場なのだ。
全て……叶わぬ夢だ。
分かってはいるが、このまま攫って閉じ込め、私だけのものにしたくなる。
「洋月、明日から参内するのか」
「そうだね……いつまでもこのままというわけにはいかないから」
寂しさを押し隠し、強がって微笑んでいるのがひしひしと伝わってくる。
「私は君と、いつも一緒にいたい」
想いを分かち合った洋月の前では、もういくらでも素直になれる。
「俺もそうだよ。君とずっと一緒にいたい」
心労でやつれてしまった、細い躰が心配だ。それに帝との関係をどう整理していくつもりなのか。私に出来ることはなんだろう。もう二度と洋月に苦しい想いをさせたくない。しかし相手は帝だ。怖くないといったら嘘になる。
以前、帝に盾突いた式部興の宮家はあっという間に家ごと破滅されてしまった。私のせいでこの左大臣家に何かあったら……そう思うと躊躇してしまう情けない自分が嫌になる。
でも洋月とのこの想い、捨てられるはずないじゃないか。いっそ洋月と共に世捨て人になってしまおうか。人里離れた場所で二人で暮らしていくのは、どうだろう? などと思案していると、洋月が脇息を支えにそっと立ち上がった。
「洋月どうした?」
振り返る洋月の眼は潤んでいた。
「丈の中将は無理するな。俺はこんな風に束の間の時間でいい。君といられるのなら……君にだけは迷惑をかけたくない」
そう言って※御帳台の中に入り、※二階棚に置かれた※打乱筥(うちみだりのはこ)から何かを取り出してきた。
※御帳台…寝殿にすえる天蓋付きのベッド
※二階棚…高脚の二段の棚で、黒漆に蒔絵や螺鈿の細工が施されている。
※打乱筥…木製で作られた長方形の浅い筥で、理髪の具や生地などを納めるもの。
「……丈の中将」
「なんだ?」
「俺はこれを君と分かち合いたい」
私の手に載せられたのは、月のような乳白色の二つの石のようなものだった。真ん中は空洞で、まるで夜空に浮かぶ月のように、清浄な光を静かに宿していた。
「これは? 」
「母上の唯一の形見だそうだ。詳しいことは分からぬが、祖母からそう言って渡されたものだ。いつか大切な人と分かちあいなさいと」
「そんな大切なものをいいのか」
「もしかしたら、これは俺の本当の父から受け取ったものかもしれぬな。帝によって裂かれてしまった二人の想いが入っているのかもしれない。これを君と共に持っていては駄目か」
「駄目なはずなんてない!本当に私が受け取っても良いのか」
「あぁ君に持っていてもらいたい。君と分かち合って持っていれば、いつでも君と共にいられるような気がする」
静かに頬を少し染めながら、洋月は私にその月輪を渡した。
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いよいよ『重なる月』と『悲しい月』にも登場した月輪の登場です。物語は一気に佳境へ。
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