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遠く彼方へ 4

「洋月……こんなに大事なものを、私でいいのか」  コクリと頷く洋月の眼は月夜の湖の如くどこまでも澄んでいた。 「君がいい。俺には君が必要なんだ」  洋月は私の手の平に載せた2つの月輪にそっと口づけをした。黒く長い睫毛は伏せられると降り注ぐ月の光により、その美しい横顔に影を添えた。 「今……俺の想いを込めた。君と分かち合うよ」  私の手に握らされた月輪の石。手に取ると、まるで洋月の心のように澄んで清らかだった。 「なんと綺麗な石なのか。この世で唯一無二の大切な贈り物だ」 「俺と丈の中将で一つずつ分かち合おう」 「ありがとう。一生大切にする。君と同じに」  体調がまだ思わしくない洋月のことを抱きたい欲望をなんとか沈め、再び洋月を御帳台の中へ寝かせた。 「さぁ洋月の君……今は躰を休めることだけを考えろ」 「丈の中将……ありがとう」  儚げに微笑む洋月の眼差しは、いつまでもいつまでも見ていたい程、美しかった。  私のことを見送るその眼差しを背中に感じながら、二人きりの秘密を持った。二人で分かち合った幸せを噛みしめた。  心も躰もそして大切な月輪まで……洋月はすべてを私に差し出してくれた。  何としてでも洋月をこの腕の中に留めたい。  もう二度と洋月が苦しむようなことがあってはならない。  対峙する相手が、たとえ帝だろうと我が親だろうと、私は洋月を守りたい。 ****  丈の中将と母の形見の月輪を分かち合った。  丈の中将の妹君……左大臣の娘である桔梗の上と婚姻した時、これを婚姻の印として渡すべきか迷った。正妻になるわけだから、そうすべきだと思って準備はした。  だが思いがけない拒絶を受け、すっかり月輪の存在を忘れていた。  やはり父に凌辱され続けたこの身の上は、たとえ公に明らかになっていなくても不浄な空気を醸し出すのだろうか。  桔梗の上は、私に触れられるのすら拒み続けた。  そのやり場のない思いで、若かった俺は気持ちを持て余し、結局……好意を寄せてくれる女を数人抱いたことはある。牡丹もそれは止めなかった。だが俺の心の隙間を埋めてくれる相手には出会えなかった。  そのうち俺が遊び歩いているという噂だけがひとり歩きして、俺もその噂を隠れ蓑に、自室に閉じこもって過ごすようになった。  牡丹に抱かれるという行為が年々負担になり、苦しくて逃れたくて……もうすべてを投げ出したく、頭の中は滅茶苦茶な状態だった。  そんな状態の俺に対して、牡丹の求めはどんどんエスカレートし、縛られたままや女装のまま抱かれる。そんな惨い仕打ちが日常茶飯事になっていた。  もうぎりぎりの精神状態だった。  そこへ射し込んできた一筋の希望……それが丈の中将の温かい手、胸、肩だった。 「心地良いものだな。信じる相手に抱かれるということは」  それを知ってから、淫らな程、丈の中将に触れてもらうのを待っている自分に驚いた。こんな感情が俺にあるなんて思いもしなかったよ。  早く病を治して、また……そんな恥ずかしいことすら思ってしまう己に驚く。  丈の中将のことを考えれば、躰の奥がじんと熱く煮えたぎり、頬が紅潮していくのが自分でも分かった。  病に伏せながらも、なぜか心は幸せの欠片を掴んだかのように弾んでいた。  ……あの文が届くまでは。 ****  明け方目覚めた俺の枕元にそっと置かれた文。そこから漂う強烈な牡丹の香りは、俺を金縛りにあったかのように動けなくした。 「明日は満月の夜……」  再び牡丹の元へ行かなければならない約束の日だった。  文は読まなくても分かる。  また……呼び出しだ。

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