47 / 62

短編『遠く離れても、必ず』

洋月の君が湖に沈んでしまう前に、つかの間でも宮中で丈の中将と穏かな時間を持てたのなら、二人はこんな会話をしただろうなという短編です。 (本編の進行と少し食い違っていますが、雰囲気でお読みください) ちなみに洋月は今『重なる月』の世界におります。※重なる月 188話邂逅10~ **** 今宵は七夕だ。 俺も今から宮中に参内する。 心がいつもより晴れやかなのは、帝から「七夕の夜は女御たちと忙しく過ごすので、自由に過ごしてよい」と言われているからだ。 丈の中将も参内すると聞いているので、今宵は堂々と宮中で一緒に酒を交わし、歌を詠んで過ごせるのだ。 夕刻、宮中に到着すると「七夕の宴」の準備で賑わっており、女房達が桃や梨、なす、うり、大豆、干し鯛、アワビなどを供えていた。 「やぁ洋月の君、待っていたよ」 すでに丈の中将は到着していた。 その夜空のような紺色の布地に、金糸が星のように煌めく凛々しい直衣姿に、心が奪われてしまう。 彫りの深い、男らしい鼻梁の通った精悍な顔立ち。 だれもが惚れてしまう美丈夫だ。 今宵。この星空の下で、君は一層輝いて見える。 「あぁ…もう来ていたのだな」 「洋月の君は今宵も美しいな。織姫よりも綺麗に輝いて見えるよ」 「なっ…そんな風にいちいち言うな」 そんな色っぽい眼で、そんな低く響く艶めいた声で囁かれたら、女でなくても堕ちてしまうよ。君は自分がどんなに魅力的な男だか知っているのか… 「ここにおいで」 廂(ひさし)の外側の簀子(すのこ)縁に座る様に呼ばれる。 丈の中将のすぐ隣の席だ。 他にも何名かの貴族たちが天の川を愛でているが、皆それぞれに夢中でこちらのことなんて 気にしていない様子だ。 「あぁ」 丈の中将の横に座り空を見上げると、天空には壮大な天の川が流れていた。 遠くからが厳かな雅楽も聴こえてくる。 そして丈の中将からは白檀香を基調とした上品な香が漂ってくる。 「洋月の君…彦星も織姫も今日は一段と瞬いているな。見えるか」 「なんと素晴らしい…」 そう呟く丈の中将がふっと微笑んだかと思うと、扇で口元を隠しながら軽く俺に口づけを落とした。 「こっこんなところで!」 「ははっ…織姫よりも洋月の君のことが愛おしくてな。このまま食べてしまいたくなるよ」 「なっ!」 今宵は俺の心を捉えて離さぬ丈の中将と共に、七夕の夜を過ごせる。 この香り この音 この風 全てをしっかりと焼き付けておきたい。 幸せすぎるときは、いつも最悪の状況を考えてしまうのは俺の悪い癖だ。 俺は幸せにまだ慣れていないから。 もしも丈の中将と離れてしまうようなことが起きたら、どうなるのだろう。 こうやって一年に一度位はせめて逢えるのだろうか。 それとも永遠に逢えなくなってしまうのだろうか。 俺の暗い顔を読み取ったのだろうか、丈の中将が和歌を詠んでくれた。 織女(たなばた)し船乗りすらし真澄鏡清(まそかがみきよ)き月夜(つくよ)に雲立ち渡る (万葉集 巻17の3900番、大伴家持) 意味 織姫が船に乗ったらしい。清らかな鏡が放つような月光の中、夜空にいま雲が立ち渡った。   「なぁ洋月の君…この里芋の葉にたまった夜露は『天の川のしずく』と言われているんだよな。先ほど私はこの夜露で墨を溶かし、梶の葉に和歌を書いて願いごとをしたよ」 「何を願った?」 「君が歩むこれから先の時を…私が守っていきたい。君の幸せをを邪魔することや人が現れたときは、私が盾になって、君を守ってやりたい。行く手を阻むもの、夜空にかかる雲なんて吹き飛ばして、君がちゃんと私のもとへ辿りつけるようにしてやるから、不安そうな顔をするな。いつでもどんな時でも信じて待っていろ」 「丈の中将…俺こそ、どんなところへ吹き飛ばされても必ず君の腕の中に戻ってくるよ。もしそんなことが起きても、信じて待っていて欲しい…」 「あぁ洋月、必ずだぞ」 「うん…お互いに」 「さぁこの天の川のしずくに洋月も願いを込めてくれ」 「そうしよう」 二人で梶の葉に和歌を詠みあって誓った。 どんなことがあっても離れない。 必ず戻ってくると…

ともだちにシェアしよう!