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その後の話 『極上の月(本編Ver.)』
お断り
こちらの『極上の月(本編Ver.)』の内容はfujossyさんの時代物コンテストに応募したものと大筋は同じですが、桔梗の上の再婚相手が違っています。
時代コンでは帝の女御となっておりますが、こちらでは兵部卿宮になっています。もともとこちらの話が最初にありまして、それを設定を変え、濡れ場を足したものが時代コンの『極上の月』という位置づけです。
ややっこしくてすいません。お好きな設定で受け止めてくださっても差支えはありません。
こちらではこの後の短編にはまた兵部卿の宮が登場するので、初期設定のまま進めさせていたただきます。
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「洋月の君。お久しぶりですね」
「ええ……桔梗の上も」
御簾越しに話す相手は俺の元妻。
丈の中将の血を分けた妹君である桔梗の上だ。
あの日、帝の勅令・※大宝令 七三不去(ななさんふきょ)に基づいて、突然離縁させられた相手だった。
※「戸令」に、その条件が「七出(しちしゅつ)の状」や「三不去(さんふきょ)」と定められている。七出の状 とは夫が妻を離別できる7つの条件のことで、嫡子がいない・淫乱・夫の父母に仕えない・おしゃべり・窃盗・嫉妬・悪い病気。妻がどれか一つに該当すれば、一方的に離婚できる。
桔梗の上に子が出来ないというのが離婚の表向きの理で、あの時は世間の晒し者になってしまった桔梗の上が本当に気の毒だった。その理由はすべて俺の方にあったのに……
離縁して1年後……新しい帝の計らいによって、桔梗の上は兵部卿宮の後妻として嫁いだ。そんな桔梗の上から突然、内々に呼び出しがあったのだ。
一体何事だろう。お互いの立場を考えると軽々しく会う相手ではない。だが、あんな形で別れてしまったので、せめての礼は尽くしたい。そんな気持ちに後押しされて、指定された山荘へと足を運んだ。
彼女は今ここで宮中を暫し離れ、療養しているとのことだ。
「まぁ……洋月の君は相変わらずお美しいこと。男性であることを忘れそうな程の美しさね。私はいつもあなたのその神々しいまでの美しさに気後れしていたわ」
「そんな……」
「私はあなたより年上だったし、甘えるわけに行かなくて……初めての婚姻は何かと不安だったのに。あなたは私が一度冷たくあしらったら、もう一歩も近づいて来なくて本当に可愛くなかったわ。それにいつも余所余所しかった。心ここにあらずといった様子で」
桔梗の上とこんな話を今までしたことはなかったので動揺してしまう。でも心から謝りたい。
「それは……私も幼かったから……あの頃の無礼をどうか許して欲しい」
「でも今になったら分かるわ。あの時、あなたには好きな人がいらしたのね」
「どうして?」
「今、あなたはとても幸せそうに見えるから……その方と今ご一緒なの?宮中の噂では、女子の姿を見たものはいないようだけれども……」
「……」
「いいのよ。私は今とても幸せなんだもの」
「幸せですか」
「ええ。ここをご覧なさい」
そう言って桔梗の上は、自身の腹をそっとなでた。よくみると腹が柔らかい曲線を描いてふっくらと膨らんでいた。
「あっ……」
「そうです。身ごもりました。私のお腹に新しい命が芽生えたのよ」
「……そうだったのか……あっその…おめでとう……」
こういう時どんな顔をしたらいいのか。全く不慣れで分からない。
「くすっ変な気分ね。元の婚姻相手にお祝いしてもらうなんて…あなたは結局一度も私に触れなかったくせに…でも…もうすべて水に流しましょう。私はもうとっくに流れているわ。あなたも早くその女子にお子をお作りなさいよ。そうすることが一番大切よ」
「……」
「まぁ呆れた。何も言えないのね。でももうお会いすることもないでしょう。今宵…私は…結局何をしたかったのかしら。もしかしたらあなたにこのお腹をみせてやりたかったのかもしれないわね。私って意地悪よね。ふふっ、でも当時私が宮中の笑いものになったことに比べたらこの位よいでしょう?」
「桔梗の上……俺は……一生誰とも婚姻することも子を授かることもない。でもそれが自分の選んだ道だ。あなたと俺はもう道は別れ、お互い違う世界に生きている。もうお会いすることはないだろうが、最後に直接詫びる機会を与えてくれてありがとう。本当に申し訳なかった。どうか幸せに…なって欲しい」
そういって俺は足早に山荘から立ち去った。
疲れた。
会う相手を間違えたのか。
俺は何をしにここへ来たのだろうか。
「宇治の山荘へ戻る」
牛車の窓からはあの月夜の湖が見えてくる。月が湖に溺れそうな程大きいことに違和感を覚えて……思わず牛車に付き添って歩いている海に声をかけてしまった。
「海……今宵の月は妙に大きいな」
「洋月の君様…今宵の月は特別ですよ。この何年かで一番大きく見える特別な月だそうです」
「そうなのか……」
なんて重たそうな月だ。湖にそのまま重くて沈んでしまいそうだ。
嫌な気分だ。桔梗の上のあの膨らんだお腹を思い出す。
あの腹がもう少し立てばこの満月のようにまん丸に大きくなるのか…
俺は、そのまま黙り込んでしまった。
俺達の山荘に到着すると丈の中将がすぐに迎えてくれ、心配そうに俺の手を取ってくれた。
「何処へ行っていた?」
「…別に」
答えたくなくてぶっきらぼうに言い捨てて、せっかく繋いでくれた手を離して、丈の中将を置いて、自室へ駆け込んできゅっと膝を抱えた。
こんな嫌な顔見せたくない。
するとすぐにそっと御簾をあげて丈の中将が入って来て、小さい子をあやす様に優しい声で尋ねてくる。
こういう時の丈の中将は本当に俺に甘い。
「妹の所に行ったのか」
「なぜそれを?」
「我が儘な妹から、文がさっき届いて……」
「文?」
「どうも体調が落ち着かず……当てつけに、いろんな人を見舞いと称して呼び出しているみたいだな。洋月……君も呼びだされたのだろう?その……海から聞いた」
全く、海のおしゃべりめ。
「……文には何と?」
「私が誰とも婚姻しないのは何故かを問い詰めるって書いてあったぞ。相変わらず怖い妹だよ」
「……はっ」
「嫌な思いしなかったか…妹に何か言われたのだろう?」
俺は力なく笑うしかなかった。
御簾越しに大きく輝く月が今日は本当に恨めしい。
あんなに丸くはちきれそうに大きくなって……
「今宵の月は嫌いだ」
「何故だ? ちゃんと話せ」
「だって……」
「だって? 」
「……桔梗の上の腹のように丸いからだ」
「あっ……」
慌てて己の口を手で押さえた。
これ以上余計なことを言わないように。
そんな嫉妬めいたことを言ってしまって激しく後悔した。
恥ずかしくて消えたくなってしまう。
丈の中将と俺は…男と男だ。永遠にその性は変わることはない。当たり前だが、俺たちの間には一生血を分けた子供なんてやってこない。牡丹や母のこともあり自分の幼少時代に嫌悪感がある俺は、それで一向に構わないが、丈の中将はどうだろう?丈の中将への見合い話は山ほどあると聞く。彼には女子と婚姻して、普通に子を授かるという幸せがあるのに……本当に俺なんかでいいのか。
いつもは沈めている負の感情がさざ波を立て始める。
「馬鹿だな。今宵の月は俺たちにとって最高の月なのに」
丈の中将が座り込んでいた俺を立たせ、追いかぶさるように抱きしめてくると、途端にさざ波は収まっていく。丈の中将の腕の中は安心できる。大きな安定した船に乗っているような気分になるよ。
「ここ数年で特別大きな月なんだよ。今宵は」
「そうなのか……でも、重たそうだ」
もう一度月を見上げるが、やはり重たそうに夜空に浮かんでいた。
「重たい? 」
「あぁ湖に沈みそうに重たく見えて……なんだか嫌だった」
「洋月、違うよ。あの月は俺たちにとっては『極上の月』だ」
「極上の月? 」
丈の中将が、俺を労わるように抱きしめてくれる。
「あぁ君が大好きな月。それもとても大きな月にはいつもの何倍もの力があるんだ。さぁ月光を浴びて、君の心身に溜まった不要な気を落として浄化しよう。そして願おう」
「そうなのか」
「あぁ月は満月に近いほどその力を強めると言われているから。今宵の満月は願いごとが叶えられる確率が高いぞ、さぁもう泣くなよ」
心配そうに顔を覗き込まれたので、思わずぷいと背けてしまった。
「俺は泣いてなんかない」
「嘘だ」
「本当だっ」
コンっと心臓の上を叩かれる。
「ここが泣いているだろう?」
「……」
「案ずるな。私はこれがいい。これが一番の幸せだ。ずっと二人でこのままでいられることだけを願っている」
「本当にいいのか。君には違う道もあるだろうに」
「洋月が私にとって『極上の月』だ。君ほどの人はいない」
ありがとう。俺なんかのために、いつもいつも。
もう我慢できず、俺の方から君を引き寄せた。
そのまま口づけしながら囁いた。
君への溢れるこの想いを……
「今宵は、月が綺麗だな」
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ぬばたまのその夜の月夜今日(つくよけふ)までにわれは忘れず間(ま)なくし思(おも)へば
万葉集 河内百枝娘子
訳・暗闇のあの夜の月を今もわたしは忘れることが出来ません。絶え間なくあなたのことをお慕いしています…
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あの辱められた日々から俺の手を取って救い出してくれた君は、空に静かに輝く月のようだった。俺は暗闇のあの夜、見上げた月を忘れられない。今宵この月に誓って、君を生涯……絶え間なく大切に想っていくよ。
『極上の月』 了
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こんにちは。志生帆 海です。
このお話はスーパームーンの大きな月にちなんで書いたものです。
平安時代のあの二人に想いを馳せて……いつもありがとうございます。
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