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第16話
「いや、そこまでしてもらうのは」
「おれは明日も休みですから気にしないでください。ほら、体が冷えて熱がぶり返すと大変ですよ。早くベッドに入って大人しくしてください」
てきぱきと世話を焼き始めた優弦に、櫻井はとうとう声を出して笑ってしまった。
「? 櫻井さん?」
「いや、なんでもないよ」
笑いを堪える櫻井に優弦が小さく首をかしげる。そのさまにまた含んだ笑いを溢して、櫻井はベッドに潜り込んだ。
***
『……で、その恋人の手厚い看病で君は元気になったと言うわけか。やれやれ、まさか国際電話でマサキのノロケ話を聞かされるとは思わなかった』
スマートフォンの向こうのジェイクが肩をすくめたさまが、目に浮かぶようだ。
『まだ恋人じゃない。今はとてもいい友人関係を構築中なんだ』
『でも、近いうちにタクシードライバーと客ではなく、もっと踏み込んだ付き合いをしたいと願っているのだろう? あのマサキがスエゼンをクワナイなんて、よほど、その彼は大切にしたいヤマトナデシコなのかな?』
『据え膳を食う、なんてどこで覚えたんだ? それに男に大和撫子はどうかと』
遠く海を渡ってジェイクの笑い声がスマートフォンから流れてくる。風邪でダウンしてから一週間。あのときの優弦の看病のおかげですっかり体調は元通りだ。
『それよりも君の用件を早く言えよ』
『ああ、日本に行く日にちが決まったんだ。ヒロシマには来月の……』
櫻井はスケジュール帳のジェイクが伝えた日にちの欄に、万年筆で予定を書き込んだ。
『……それから、彼女との離婚協議も終わった。息子はこちらで引き取ることになった』
『そうか。それはなんと言ったらいいのか……』
『いや、もっと早くこうするべきだったんだ。……やっとこれで自由になれたよ』
自身の離婚を告げるジェイクの台詞には、寂寥よりもどこか柵 から解き放たれた安堵が感じられた。
(ジェイクは忘れられない恋人と一緒になるつもりなのだろうか……)
櫻井はジェイクにそれを問わなかった。通話が終わり、オフィスに戻ろうと歩き始めたところで、「櫻井さぁん」と由美の元気な声が暗い廊下に響き渡った。
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