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第17話
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「おまえがここで客待ちなんて珍しいのぉ。また、例の客からのご指名か?」
川本ののんきな声に優弦 は笑って応じる。ここは宮島口駅。土曜日の昼に近いこの時間は広島からの電車が停まるたび、観光客がどっと降りてくる。皆の目当ては世界遺産、厳島神社 のある安芸の宮島だ。
横並びに営業車を停めて、優弦は川本と立ち話をしていた。
一昨日の夜、優弦は迎えに行った櫻井 に、土曜日の昼前にタクシーを利用するから宮島口駅で待っていて欲しい、と依頼されたのだ。
「皆さんやっと仕事が一段落ついたみたいで、今日は軽い慰労会をするそうです」
「慰労会? こげな、なんもないところで? それよりも流川 にでも行きゃあ、飲み屋がいっぱいあるのに」
流川地区は広島随一の歓楽街だ。川本のような酒好き女好きは名前の通りに流されてしまうところだ。
「たしかに金曜日の夜に飲みに行くのならわかりますね。ここからどこに行くつもりなんでしょう?」
「あ? 聞いとらんのんか。……というか優弦、おまえはいつまで経ってもその東京弁が抜けんのう」
川本が呆れたようにため息をつく。
「東京弁って……。川本さんは先輩ですし、いちおう、尊敬の念は持っていますから」
「いちおうってなんよ、いちおうって。おまえも広島出身じゃろ? 昔は広島弁しゃべっとったじゃろうに、なんでそんなにすました言葉なんな。そんなけえ、うちのジイサンらがおまえのことを、顔はええのにかわいげがないって言うんよの」
会社の同僚ドライバーをジイサン呼ばわりするほうがよほど失礼だが、優弦は笑って聞き流した。
宮島口駅のホームにまた電車が滑り込んでくる。しばらくすると、観光客に混じって櫻井たちが改札口から出てきた。
「あ、月見里 さーん!」
優弦を見つけた由美が階段をぴょんぴょんと降りながら、手を振って朗らかに優弦の名前を呼ぶ。優弦は車の横に立って制帽を取ると、歩いてくる櫻井たちに一礼をした。メンバーはいつも通り、櫻井に由美、丸山とチャドの四人。だが、皆、いつものようなスーツ姿ではなくラフな恰好をしていた。
(櫻井さん、私服でもかっこいいな)
そんなことを思いつつ、
「いつもご利用ありがとうございます。それで、これからどちらまで?」
んふふ、と笑いながら、由美がバッグの中から一枚の紙を取り出して優弦に差し出した。どうも、飲食店の紹介サイトをコピーしたものらしい。優弦がそれを受け取って、店の名前と場所を見ていると、横から川本もその紙を覗き込んできた。
「宮島を望む海沿いに去年オープンした話題の牡蠣小屋なんですよぉ。前から行ってみたかったんじゃけど、なかなか機会がなくて」
嬉しそうに言う由美に川本が、
「ほお、大野浦 を越えたとこにあるんじゃね。たしかにこの場所は最寄り駅からは遠いけぇ、車じゃないと、ちと不便なわ」
「牡蠣の養殖しとる人たちで経営してるお店なんです。営業時間は夕方までなんじゃけど、とてもおしゃれで、お酒の種類も豊富だって。結構、予約とるのにがんばりました」
丸山が、「平田さんすごい」と由美を持ち上げた。
「チャドも食べてたみたいって言うし、せっかく名産地に来ているんだから、一度は本場の牡蠣を堪能しないとね」
櫻井はそう言って優弦に話しかけたが、コピーを見ている優弦の様子がおかしいのに気がついた。
「月見里さん? どうした?」
声をかけられて優弦の肩が一つ小さく震えた。でも、すぐに表情を元に戻すと優弦は由美に案内の紙を返して、
「……それでは、お店までご案内します。皆さん、どうぞ」
後部座席のドアを開けて、由美たちをタクシーに招き入れた優弦のぎこちない笑顔に気がついたのは、櫻井ひとりだけだった。
「やっぱり、早めに月見里さんに言っとけばよかったですねぇ、櫻井さん」
蒸し上がったばかりの大きな牡蠣にハフハフとかぶりついて、ンーっ、美味しい! と言いながら由美が櫻井に言った。櫻井も、そうだね、と返事をしたが、どこか心ここに有らずだ。
『すごくおいしいよ、ユミ! 初めて食べたけれど、カキってこんなに旨かったんだね!』
「でしょでしょ? なんたって広島の牡蠣は全国一じゃもんね。チャドさんにも気に入ってもらえて、ぶちうれしい」
チャドの英語に意味も分からず由美は広島弁で応えているが、とりあえず二人の会話は成立しているようだ。
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