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第18話

『カキって、カレーに入れてもおいしいかな?』  由美が隣の櫻井のひじをつついた。 「あ、なに?」 「櫻井さん、さっきからどうしたんですか? もしかしてほんとは牡蠣、苦手じゃったとか?」  目の前の丸山とチャドも櫻井の様子を窺っている。 「いや、そんなことないよ。平田さん、チャドはこの牡蠣をカレーに入れたら旨いのかって」  櫻井の通訳に、ああ、と由美は大きく頷いて、 「それなら帰りに宮島に渡りましょうよ。厳島神社に行く途中に売っとる牡蠣カレーパン、あれ食べて確認したらいいと思うな」 「平田さん、まだ食べるん?」  丸山の驚いた口調に、なによう、と由美が頬をふくらませて、その場に笑い声が響いた。終始和やかに慰労会は進んだが、笑顔を浮かべながらも櫻井は、ここまで送ってくれた優弦の態度が気になっていた。  実は、この慰労会に優弦をサプライズで招待しようと由美たちは考えていた。公共交通機関の動いていない深夜にいつも頼りにしたのは優弦のタクシーだ。だから、「月見里さんにもお礼がしたい」と、由美たちから提案があったとき、櫻井はとても嬉しかった。以前も急にチャドとカレーを食べに行ったのだから、今回も大丈夫だろうと思っていた。  ところが優弦は櫻井たちの誘いを断った。それは遠慮をしたからというものではなく、どこか、ここにはいたくはない、という強硬な意思を感じられた。  由美たちはそんな優弦の態度に、急に誘ったから都合が悪かったのだろう、としか思っていないようだが、櫻井にはそうは見えなかった。 (この店の案内コピーを見てから、彼の顔色が変わった……) 「さてと。じゃあ、宮島に行くんなら、ここはこの辺でお開きにします?」  由美の言葉に丸山が、 「そうっすね。もう月見里さんも迎えに来てくれてるじゃろうし」  優弦は櫻井たちの誘いを断ったあと、「お帰りの時間に合わせて、お迎えに上がります」と、言ってくれた。たぶん今頃は店の少し離れたところにある駐車場にタクシーを停めて、櫻井たちが出てくるのを待っているだろう。  ここでの慰労会を終え櫻井たちが外で待っていると、最後に店から出てきた由美が嬉しそうな顔で皆にお釣りがあると言って、それぞれに千円もキャッシュバックをした。 「あれ? 最初に徴収した会費はぴったりだったよね?」 「それがびっくりなんですよお。実はこの牡蠣小屋、月見里さんのお兄さんがやっとるんじゃって。レジの人は月見里さんのお兄さんのお嫁さんで、義弟の紹介じゃからって割引してくれたんです~」  櫻井が驚きの声をあげ、丸山はやったー! と喜んで、チャドはキョトンとしている。  よくよく聞くとこの牡蠣小屋は、宮島沖で牡蠣の養殖をしている複数の若い養殖業者が共同で営んでいる店らしく、その共同経営者の一人が優弦の兄らしいのだ。 「ほら、この佐川水産が月見里さんの実家みたいですよ。きっと月見里さんは、お客としてこの店に入るんが恥ずかしゅうて断ったんですね」  店の出入口の横の壁にかかっている、養殖業者の看板の中の一つを由美は指差した。 「でも名前が違うんすね」 「屋号、なんかな?」  屋号ってなんすか、と聞く丸山に、そんなんも知らんのん? と由美は少し呆れたように言ったあと、 「お店の横に採れたての牡蠣の直売所もあるそうですよ。私、実家に送ろうかな?」 「あー、おれもたまには親孝行でもしよっか」  丸山が由美に同調すると、 「チャドさんも東京の奥さんに送ってあげたら? 櫻井さんもどうですか?」  櫻井は由美の言葉をチャドに伝えると、彼はとても乗り気になった。 「いや、おれはいいよ。三人でゆっくり見てきたらいい。おれは先にタクシーで待ってるから」  由美がちょっと残念そうな顔をしたが、すぐに男二人を従えて直売所へと入っていく。櫻井はひとり、駐車場へと向かおうと歩き始めて気がついた。 (店の表を行くよりも裏手を廻ったほうが駐車場には近そうだ)  裏側には船着き場があって、ここから採ってきた牡蠣を水揚げしているようだ。今も何艘かの漁船が停泊していて、櫻井が船を横目に歩いていると、店に隣接した建屋の中から聴こえた名前に足を止められた。

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