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第20話
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ずいぶん遅れて駐車場に向かうと、すでに由美たちが車のなかで待っていた。櫻井は助手席のドアを開けると、無言で座り込む。
「どしたんですか? 先にタクシーに戻るって言っとったのに」
「ああ、ちょっと電話が入ってね。待たせて申し訳ない」
櫻井がシートベルトを嵌めるのを待って優弦が車を発進させる。
「さっき、月見里さんにお礼を言ったんですよ。ほんま、黙っとるなんて水臭いって」
優弦がハンドルを握って、すみません、と小さく笑みを溢す。その優弦の横顔はいつもと変わらない柔らかな笑顔だ。宮島を望みながら海沿いの道を走っていると、
「それでは、皆さん宮島桟橋前でいいですか?」
どうやら本当に由美たちは宮島へ渡るらしい。優弦の問いかけに櫻井は、
「いや、おれはちょっとヤボ用ができたんだ。皆を降ろしたら、家まで送ってくれるかな」
ええっ、と由美の不満そうな声が車内に流れる。櫻井は少し後ろに振り返って、ごめん、と謝ると、
「だから三人で楽しんで来てよ。チャドも少しは日本語が分かるようになったし、平田さんたちだって身振り手振りで話が通じるようになっただろう?」
由美はまだ不満の様子だが、チャドと丸山はなんとも思っていないようだ。
「いつまでもおれの通訳をあてにしていたら、英語は上達しないよ」
宮島桟橋のロータリーに三人を降ろすと、タクシーは櫻井のマンスリーマンションへと向かった。
「今日はありがとう、月見里さん」
隣の優弦に声をかけると、いえ、と、はにかんだ返事がある。櫻井は優弦に横目で視線を沿わせると、
「……、実は君のお兄さんと少し話をしていたんだ」
「……兄と、ですか?」
明らかに優弦が動揺しているのが伝わってきた。でも運転中だからか、櫻井に気づかれないように息をついて前を向いている。
「おれと君は仲の良い友人だと言ったら、少しは家にも顔を見せるように言ってください、ってお願いされたよ」
櫻井の台詞に優弦は「そうですか」と、だけ返事をした。でも、その短い言葉の中に、大きな安堵が隠れているのを櫻井は見逃さなかった。流れる景色を見ながら、櫻井は先ほどの佐川との会話を思い出していた。
「あんた、優弦が男にしか興味がないのを知っとって、友人じゃあ言うとるんか?」
言葉を飾りたて、真意をぼやかせるなんて小賢しいことはせずに、優弦の兄の佐川は真っすぐに櫻井に切り出した。
「……そうですね。おれも彼と同じ性癖があるので」
以前から、優弦と接するたびに醸し出されていた感覚――。
優弦は自分と同じ同性を好むことが佐川の口からはっきりと告げられて、櫻井は自分の考えに間違いがなかったことに心が弾んだ。
「でも、たとえそうでなくても彼とは良い友人になれます。今日、一緒にきた連中はおれたちの本当のことなんて知らない。だけど知ったとしても、あなたの仕事仲間のように彼らは影でおれたちを嘲んだりなんてしないでしょう」
櫻井の言葉に佐川は目を大きく見開いて、すぐに眉間に皺を寄せた。しばらくなにかを考え込んで、そして、
「……優弦は親父の再婚相手の連れ子じゃ。優弦の母親は流川でホステスをしとって、おれたちの生活に馴染めんですぐに優弦を置いて出ていってしもうた。そうでなくても肩身の狭い思いをしとったろうに、ほら、優弦は母親似のあの容姿じゃけぇ……」
佐川の仕事仲間が櫻井に気づかずに語っていたのは、優弦が中学生の頃から教師や同級生などの彼に関わる男たちを誑 かして、体の関係を持っていたというものだった。
でも、その実はまったくの逆なのだろう。佐川は口が重く、真相をはっきりとは伝えなかったが、櫻井には容易に想像できた。
「中学の終わりに優弦の母親が急に迎えに来て、優弦は東京に行ったんじゃ。おれと親父は反対したんじゃけどな。優弦はいつもしょうもないことをうだうだ考える。おれや親父に迷惑かけとると思うとったんじゃろう。ほじゃけど結局、二年前に仕事で体を壊して帰ってきたんじゃ」
それは櫻井も最初に優弦から聞いている。しかし、佐川は櫻井が知っていることとは違う理由を付け足した。
「……でも、ほんまは仕事のせいじゃない。どうも優弦は……、男と付き合うとるんがばれて、職場で酷いいじめにあっとったらしい」
潮と太陽に焼けた佐川の眉間にさらに深く皺が刻まれる。
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