23 / 78
第23話
***
「ほんまに、ええ天気になってよかったあ」
これは何回目の台詞だろう。後ろの由美が言うたびに「そおっすね」と、隣の丸山が相槌を打つ。後ろの二人がはしゃぐ様子に、助手席の櫻井 がため息混じりで優弦に苦笑いの視線を投げた。
「あっ! 月見里 さん、その先のサービスエリアに絶対入ってね!」
「はい、忘れてませんよ、平田さん」
優弦 は左に方向指示を出して、高速道路の本線から小谷 サービスエリアに進むと広い駐車場に車を停めた。
「パンっ、パンっ、焼っきたてパンっ」
ご機嫌にタクシーを降りた由美が丸山をお供にレストハウスへと入っていく。優弦はドアロックを確認して、待っていた櫻井と一緒に二人のあとに続いた。
「やれやれ。小学生の遠足みたいになったな」
不満気な櫻井の横顔を見上げて、優弦は小さく笑う。今朝、マンスリーマンションに櫻井を迎えに行くと、彼は少し不機嫌な様子でマンション前に立っていた。後部座席のドアを開けたにもかかわらず、自分で助手席側のドアを開けると無言で乗り込んできたのだ。
「あの櫻井さん。一応、お客様ですから今日は後部座席に」
「……実はね、急に平田さんと丸山くんもついてくることになったんだ。ちょっと不用意に口を滑らせたら二人に知られてしまってね。平田さんが、私も尾道に行きたいって異様に盛り上がってしまって」
今週末は東京から奥方がやってくるチャドに気を許して、優弦と二人で尾道に行くことを話してしまい、彼らに筒抜けになったのだと言う。
櫻井を横に乗せて、丸山、由美と順番にピックアップして高速道路に入ると、あとは由美と丸山のはしゃいだ声だけが車内に響き渡っていた。
この小谷サービスエリアに寄るのも由美の希望だ。ここは広島に本店のある有名なベーカリーが運営していて、本店と同じクオリティの焼きたてのパンが常時売られており、レストランや軽食コーナーも他のサービスエリアとは違いハイセンスなものを置いている。由美はわざわざ朝食も採らずに、軽食コーナーのBLTサンドを本日の第一目標にしていたらしい。
あとからレストハウスに入ってきた櫻井と優弦を券売機の前で手招きした由美は、
「櫻井さんたちも食べませんか?」
「おれは朝、食ってきたからなあ。月見里さんは?」
「はい、私も朝食はすませているのでコーヒーだけで」
今日は由美と丸山もいるからか、優弦は自分を「私」と呼称している。態度もどこか一線を引いていて、あくまでも櫻井たちは客と見ているようだ。
「そ、それなら、外にも直営のカフェがあるみたいっすよ!」
由美のあとに券売機でチケットを買った丸山が急に声を張り上げた。普段、車のなかでは由美に怒られているか、話に相槌を打つくらいの丸山の台詞に優弦は少し驚いてしまう。だが、櫻井は、
「あ、そうなんだ。じゃあ、おれと月見里さんはそっちで一服してるから、二人はゆっくり食べてきてよ」
えー、と声をあげた由美にあとでね、と言い、なぜか丸山に右手を上げて応えた櫻井は、優弦を連れてレストハウスの隣のカフェへと向かった。
レストハウスは大型バスの乗客や行楽地へ向かう家族連れが目立ったが、別棟にあるカフェはあまり客がおらず、比較的静かだった。櫻井は優弦に、なににする? と聞くと自分のコーヒーと優弦のカフェラテを注文して、空いている席に先に座るようにと言った。
優弦が櫻井の様子を気にしながら店の奥の窓側の席に座って待っていると、櫻井が片手でトレーを持ってテーブルへと近づいてきた。
「すみません、あの、おいくらでした?」
「ん? いいよ、これくらい」
櫻井はにこやかに言って優弦の正面に足を組んで座ると、早速、コーヒーをブラックのままで口に運んだ。櫻井がついた吐息から優弦に向けて、ふわりと芳しい香りが運ばれてくる。
「君に私服で来るように言えばよかったな。その制服姿も好きだけれど、どうしてもこんなところでは目立ってしまうね」
たしかに、このサービスエリアの駐車場に停まっているタクシーは優弦の車だけだ。優弦自身も滅多に仕事で高速道路を使う客を乗せたことがない。いちおう、制服が隠せるようにと普段使っているダッフルコートを持ってきている。
「でも結構タクシーの貸し切りって安いね」
ともだちにシェアしよう!