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第25話

***  ――尾道。  その昔、海運の物流集散地として栄え、多くの寺社があり、坂道からのぞむ瀬戸内の風光明媚な景色は余多(あまた)の文人・芸術家を魅了し、数々の素晴らしい作品が生み出された場所。現在も昭和の香りが色濃く残る町並みはドラマや映画のロケ地にも使われ、最近では猫の細道やノスタルジー漂うおしゃれなカフェめぐり、しまなみ海道へのサイクリングなど、さまざまな楽しみ方ができる人気の観光地となっている――。 「ってことがこの、『はじめての尾道おすすめ観光マップ』っていうサイトにざっくり書いてありましたっ!」  由美がドヤ顔で、スマートフォンの画面を並ぶ男たち三人の前に突きつけた。ここは尾道駅近くの駐車場。この駐車場にタクシーを停めて、これから尾道観光の始まりだ。優弦はネクタイとネームプレートを外し、制服の上から持ってきたダッフルコートを羽織っている。 「えーと、これからの予定をいいまぁす。まずは尾道ラーメンを食べて、商店街を歩いて、そして千光寺公園からの文学の小道と猫の細道。途中で目当てのカフェでお茶して、お寺を巡って、夕方に……」  由美はどうやら、自分の行きたいところをすでにいくつかピックアップしていて、それに男性陣を同行させる気らしい。 「じゃあ行きますよぉ。はぐれないようについてきてくださいね~」  意気揚々と先頭を行く由美の隣に丸山が遅れ気味で歩き、何歩か離れて優弦と櫻井がついていく。雲一つない青空が広がる冬晴れの中、頬を撫でる風はまだ冷たいが、穏やかな陽の光は今は二月というのに暖かく体を包んでくれた。  優弦が右手に見える海と対岸の島の町並みに目を奪われて歩いていると、「危ないよ」と、隣の櫻井に左肩を柔らかく押された。はっと気がつくと、レンタサイクルを利用したのか、自転車に乗った若い女の子たちが歓声をあげながら優弦たちの後ろを走ってくる。櫻井は優弦を庇って体を寄せると彼女たちをやり過ごす。近づいた櫻井の体からは冷たい風の中の海の匂いとは別に、甘い香りがはっきりと優弦の鼻先を掠めた。 (この香り……。やっぱり同じオーデコロンだ……)  前を歩く由美が丸山になにか文句を言っている。どうやら彼女たちは後ろから来た自転車に気づくのが遅れ、ベルを鳴らされたようだ。 「そこは車道側を歩いて女の子を守ってあげにゃあ、彼女もできんよ!」 「やれやれ。平田さんは本当に丸山くんに厳しいな」  自分はさらりと紳士的に振る舞っていながらも、櫻井は同じことを丸山に要求する由美の言動に苦笑いを浮かべる。その顔を横目にしながら優弦は、昔、自分に対して良く似た行動を取っていた人物を、櫻井から香ったミドルノートの中に思い出していた。  有名な尾道ラーメンの店の行列にならんで昼食を採ったのちに、今度は商店街へと足を踏み入れた。 「あっ、あれカワイイ!」 「ほら、櫻井さんみてみてっ、にゃんこがおるぅ!」 「ちょっと、あの店入ってもええですかぁ?」  古いアーケードのレトロな商店街に入るなり、由美は右へ左へと目についた店に吸い込まれ、一向に足が前に進まなかった。それに律儀に丸山も由美のあとを追い、櫻井はずっと半笑いのままだ。  優弦は櫻井の隣を歩いていると、とても不思議な感覚に陥った。櫻井は、鼻にかかった声で由美に呼ばれると、まるで父親みたいに少し面倒臭そうに彼女に近寄り、二言、三言、言葉を交わす。そして、いつの間にか優弦の横に何食わぬ顔で戻って、当たり前のように優弦に笑顔を向けてくる。 「あっ! ここ! 絶対に来ようと思っとったお店!」  由美がステップも軽やかに小さな店へと吸い込まれていく。丸山も由美の背中をついていき、優弦は店先に籠の中に並んでいる小さな瓶詰めを目にした。 「へぇ、これは全部ジャムなのか」  優弦の少し後ろで櫻井が声を上げて、そのまま優弦を追い越して入り口から店内を覗き込むと、 「すごいね。本当に色んな種類のジャムがある」  店の中に入り込んだ由美がこちらに振り返りながら、 「前にテレビでやっとったんですよ。ほら、広島は国産レモンの生産量も日本一じゃし、柑橘類が豊富だから美味しいジャムの専門店が尾道にあるって」 「それで平田さん、行きのサービスエリアであんなにパンを()うたんすか」

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