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第31話
「まさか櫻井さん。平田さんがおれに気があると勘違いして、丸山さんを彼女にけしかけたんですか?」
どうやら気がついたことは本当のようだ。櫻井はばつが悪そうに苦笑いをすると、
「丸山くんが彼女を好きなのは本当だ。でも、君にその気がなくても、平田さんが君に想いを告げるシーンなんて目にするのは嫌だったんだ」
子どものように言い訳をする櫻井に優弦は思わず、
「それはおれも同じです」
「えっ」
「……あっ、」
勢いで口をついた言葉はもう引っ込められない。慌てて櫻井から視線を逸らしても、真っ赤に染まっている顔を見られたら一目瞭然だ。案の定、櫻井は、
「君もおれと同じだってことか? 彼女がおれに告白するかもしれないって不安だったのか?」
その問いかけに耳の先まで火照るのがわかった。ますます俯く優弦に、
「こっちを見て、優弦。君もおれのことが好きなのか?」
地面についた膝の上で固く握っていた手を柔らかく包まれる。その手を取られ、なおも顔を覗き込んでくる櫻井から視線が外せなくて、優弦の瞳は恥ずかしさのあまりに涙で潤んできた。
瞬 きをすると、落ちそうになっていた涙が長いまつげに弾かれる。微かに頬に散った水滴を、そっと櫻井が指で拭き取った。
「例え、彼女に好意を告げられてもそれには応えられない。……おれは女性とは恋愛できないんだ」
潤んだ瞳を見開いた優弦に櫻井が優しく笑いかけた。
「櫻井さん……、もしかしておれのことを……」
「すまない。君に嘘をついた。実は以前、君のお兄さんに会ったときに少し聞かせてもらった。本当に嬉しかったよ、君も同じだと知ってね」
「……いつからなんです? いつから、おれを?」
「そうだな、敢えて言うなら最初からかな。初めて君に声をかけたとき、まず顔がとても好みだったんだ。そして、会ううちに仕事に懸命に取り組んでいるところとか、客を第一に考える誠実さとか、弱っていたおれを看病してくれた優しさとか、とにかく内面も素晴らしい人だったから一気に君に惹かれたよ」
照れた笑いに目を細める櫻井の表情に嘘は見えない。
(櫻井さんもおれと同じ……)
今になって、急に櫻井の告白が理解できた。途端にどうしようもなく動悸が激しくなってくる。目の前の櫻井の顔をまともに見られるわけもなく、頭が真っ白で、とにかくこの場から逃げ出したくなった。ところが、そんな優弦に櫻井はあろうことか、
「優弦は? いつからおれのことを意識してくれたんだ?」
そんなことは聞かないで欲しい。でも、櫻井は優弦の手を握ってさらに顔を近づけてくる。また額がくっつくのではと思うと、もう心臓が喉をせりあがってきそうだ。
(お願いだから、そんなに見つめないで……)
櫻井の右手が優弦の顔に寄せられる。顎を引くこともできず、魔法にかけられたように固まっていると、急に櫻井が眉間に皺を寄せてポケットからスマートフォンを取り出した。
「もしもし?」
櫻井がぶっきらぼうに出ると、優弦にも聴こえるほどの甲高い声が空気を揺らした。
「もお! 櫻井さん、一体どこにおるんですかっ!?」
これは由美の声だ。かなりのおかんむりの様子が手に取るようにわかる。櫻井は優弦から手を離すと、
「どこって、どこだろ? ああ、そうだった。あの映画の舞台になった階段のある……」
「御袖天満宮 じゃねっ! わかりました。今から行くけえ、絶対にそこを動かんといてくださいね!」
一方的に由美に通話を切られて櫻井がスマートフォンをポケットに仕舞う。そして優弦に由美の声が聴こえていたのがわかっているかのように、「まだ、向かってもいないのにな」
呆れた口調の櫻井に優弦も笑って応える。二人でしばらく笑いあったあと、櫻井が「そろそろ行くか」と、腰を上げた。優弦も立ち上がって膝や尻についた土埃を払っていると、優弦、と櫻井に声をかけられた。何気なく顔を向けると、櫻井は素早く優弦の唇を奪って離れていく。ちゅ、と響いた水音に頬を染める間もなく、櫻井に左手を取られると、
「さてと。これから姫のご機嫌を直しにいくとするか」
爽やかな櫻井の笑顔に戸惑いがちに応じて、優弦は繋がれた手の力強さを感じていた。
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