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第35話
櫻井は熱い優弦の中をたしかめながら、嬉しそうに囁く。指摘されたとおり、早めに仕事を切り上げて自宅に帰り、シャワーを浴びて、そして自分で後ろを綺麗にした。櫻井と二人、こうなることを期待して。長い間、自慰もしていなかった蕾は予想以上に硬くて、異物を押し返そうとする体をなんとか宥めて、抱かれる準備をしてきたのだ。
だから櫻井の台詞は素直に嬉しい。嬉しいのだが……。
「あ、……ふっ、はあっ、……んん、うぁ……」
櫻井の指が増やされて粘膜を広げられる。指はクチュクチュと音を鳴らしなにかを探るようにしばらく蠢くと、とある一点を突き止めた。わずかに浮き出たその一点を優しく刺激されると、忘れていた鋭い快感に腰が大きく跳ねた。
「ひぁっ……ああっ……」
櫻井の指先から生み出される愉悦に浮いた尻が艶かしく揺れる。先ほど弾けなかった花茎の先端が、また膨らんで行くのがわかった。喘ぎながら強く枕を握って、こみ上げる快楽に耐える。その優弦の耳に興奮の入り混じった櫻井の声が届いた。
「優弦、もう堪えられない。君の中に入りたい」
慌ただしくベルトを外す音が聞こえて、床に重たい布が落ちた。それが櫻井の履いていたズボンだとわかったときには、腰を掴まれて熱い切っ先が優弦の後蕾の襞に押し当てられていた。ぐ、と櫻井の雄が優弦の花園を開こうとしたとき、優弦の脳裏に冷たい光がスパークした。
――ゾクッ!
全身に鳥肌が立った。割って入ろうとする強大な圧力が、裂かれる激痛を思い浮かばせる。途端に冷たい汗が額から噴き出し、大きく背中を震わせて思わず、「いやだっ!」と、短く叫んだ。激しく身を捩り、背後から覆い被さる櫻井の胸を強く押す。押された櫻井は上体を起こして、驚いた表情で優弦を見下ろした。
「……優弦、どうしたんだ」
「――あ……」
櫻井の視線に優弦は我に返った。そこにあるのは驚きから心配する表情に変わった彼の顔。
(……違う、彼はそうじゃないのに、、なぜ、自分は拒絶した?)
優弦は慌てて、
「あ、あの……、嫌いなんだ、後背位 。その……、顔が見えないと安心、できなくて……」
即座に取り繕った言い訳を櫻井は納得してくれたようだ。
「ごめん。最初に君が苦手なことを確認しておくべきだった」
殊勝に謝った櫻井は、優弦を仰向けに横たわらせると枕を腰の下に当ててくれた。そして優弦の顔を覗き込み、軽いキスをすると、
「でも、おれの顔がみたいだなんで、胸が熱くなるような台詞を優弦から聞けるなんて。いつもクールな君とは違って新鮮だ」
にこりと笑ってもう一度キスをくれた櫻井は、優弦の細い腰を抱え上げて脚を開かせると、再度、硬く張り詰めた屹立を優弦の小さな後孔に充てがった。一瞬、櫻井と視線が交差する。その瞳はどこか、獲物を狙って息を潜める獣のようで――。
「いくよ」
短い宣言とともに熱い滾りが襞を割り始めた。ゆっくりと挿入してくる熱塊は内腔を押し開き、優弦は顎をあげて大きく口で息をした。
「はああ……! んんっ!」
どこまで挿入ってくるのだろう。後蕾の襞は皺が伸びきって、進み入る幹を喰い締める。下腹が張り詰め、もうこれ以上は無理だと思ったところで、やっと櫻井の侵入が止まった。はあ、と喘いで瞼を開けると目尻から涙が一筋、こめかみを伝い髪に吸い取られた。
櫻井が両方の二の腕に優弦の太腿を抱えると、その柔らかな内側の肌をきつく吸い、赤い痕を散らす。あ、と微かに呻いた優弦を認めると、櫻井は緩やかに抽挿を始めた。
「あ……やぁ……、ぁ! ううっ、んぁっ! あっ!」
徐々に櫻井の動きが早くなる。淫猥な音が結合部から響き出し、穿たれる快感が背筋から駆け上がり脳に伝わる。櫻井からの漏れる吐息も熱を帯び、激しく揺らされるたびに、優弦の花茎の先から飛ばされた小さな雫が下腹に落ちていく。
「だめ……、もう、でるっ……」
優弦に打ちつけながら櫻井が揺れる花茎を握り、二、三度上下に扱くと、鈴口からとぷりと白濁が放たれた。ん、ん、と優弦が白い蜜を吐き出そうと力を入れるたびに、体内に迎えた櫻井の幹をきつく締めつけた。
「ああ、優弦。いいよ、とても気持ちがいい……」
余裕のない櫻井の声が近づいてくる。目の前に覆い被さる彼の額には汗が輝いていた。その体も薄らと汗が浮いているのか、近づく櫻井からは愛用するオーデコロンの残り香がいつもよりも強く匂い立つ。その甘く深い香りと繰り返される最奥への責めが、とある記憶の残像を浮かび上がらせた。
(あ……、なん、で、今……、そんな……)
脳裏に浮かぶシルエットに大きく目を開く。櫻井が汗で滑った優弦の膝裏を抱え直して、額につくほど膝を押し上げると大きく腰を叩きつけた。達したばかりなのに、今度は快感の源を執拗に擦られて、優弦の頭は真っ白に染まっていく。
「あ……っ、い、やぁ、……またっ、……ああっ!」
「ユヅル! ユヅルッ!!」
(この声――、今、おれを抱いているのは……、誰……)
真っ白の世界に佇む人影を、優弦は追いかけようとした。そのとき、あの香りが一層きつく鼻腔に入り込むと、ぎゅっと体を抱きしめられ、後蕾を穿っていた熱塊の迸りを感じた。それは最後に優弦の一点を激しく打ち、記憶の残像は霧散した。
「あああああっ!!」
櫻井と自分の下腹に挟まれた花茎からまた白い蜜を垂れ流す。櫻井は優弦の中に留まったまま、優弦を抱きしめると呼吸の乱れを整えている。優弦も櫻井の重みを感じながら大きく息を継いだ。取り込む空気の中には、櫻井から醸し出されるあの香り。それは完全にあのシルエットの人物と重なった。
(そうか……。どうして出逢ってから、この人が気になっていたのかがわかった。櫻井さんは……、彼と……)
「優弦、大丈夫か?」
これは櫻井の声だ。彼は頷いた優弦の、汗で張りついた前髪を優しく掻き分けて額にキスをすると、
「すごくよかったよ。今日はこのまま一緒に眠ろう。そして目覚めたらまた愛し合おう」
髪を梳き、柔らかく包んでくれているこの腕はたしかに櫻井のものなのに、どこか懐かしく思える自分が優弦は怖くなっていた。
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