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第40話

***  二月の最終日。繁華街の中心を走る中央通りは、平日の夜だというのに多くのタクシーが客を獲得しようと、歩道に近い一車線を潰してずらりと並んでいる。その列の中に優弦も車を停めて、利用客を待っていた。  午後十時前。この時間はまだ公共交通機関が動いているから、タクシーを利用する客はほとんどいない。ほろ酔い気分で歩く人たちも、次の店へと楽しそうに流れていく。ここから見える飲食店ばかりが入った雑居ビルからは、宴会が終わった団体客が次々と溢れ出てくると、その場で円陣になって通行人の邪魔をしながら、大声ではしゃぎ始めた。  その中に一人、大きな花束を抱えた若い女性がいる。皆、彼女を取り囲み、口々になにかを言うと彼女も笑顔で応えている。月末になるとよく見かける光景だ。結婚なのか、それとも故郷に帰るのか、きっと今夜は彼女の送別会が行われたのだろう。 (そういえば、あんな風に誰かに見送ってもらうなんてこと、なかったな)  優弦はハンドル越しにぼんやりとその光景を眺めた。以前勤めていた東京の会社は、逃げるように辞めてしまった。だから送別会どころか、誰も優弦の行方なんて気にもしなかっただろう。  雑居ビル前の団体客は数人に分かれて歓楽街の奥へと消えていく。自分を含めて整然と灯る赤いテールライトの列に優弦は諦めの境地に陥った。 (やっぱり、この時間は難しいか。今夜はなにかイベントごとはあったっけ)  車を移動させようかと思ったとき、無線から「二一五、どうぞ」と優弦に呼びかける声がした。今夜のオペレータは川本の妻のようだ。 「迎車要請。八丁堀バス停前、ヒラタ様」  優弦を指名する迎車要請だ。だが、告げられたのは櫻井の名前ではない。ここ最近は櫻井ばかりの呼び出しに応じていたから、ちょっと意外だ。優弦は要請を受理すると客の待つ八丁堀のバス停へと向かう。指定されたバス停は、ここから二ブロック行った先のデパートの前にある。  バス停には寒空のした、自宅方面に向かうバスを待つ人たちが立っている。優弦は、入ってくるバスの邪魔にならないように、バス停を少し越えて車を路肩に停車させた。車内から助手席側の窓越しに道を行き交う人の中から客を探す。すると、すでに営業の終わったデパートの暗いショウウインドウを背にして立つ、知った顔を見つけた。 (あれは平田さん?)  スマートフォンのバックライトに顔を照らされた由美が、優弦の視線に気がついたのか、パッと顔をあげた。そして明るい笑顔を浮かべると、バッグにスマートフォンを仕舞いながら、小走りで近寄ってきた。 (平田さんの要請だったのか。でも、まだバスもあるのに迎えだなんて、どうしたんだろう)  優弦は由美に笑顔を向けて後部座席のドアを開けた。由美は、「月見里(やまなし)さぁん、久しぶりじゃねぇ」と、声を上げて座席に乗り込んだ。 「平田さん、久しぶりです。今夜はひとりですか? 櫻井さんや丸山さんは?」 「なあに? いつも櫻井さんらと一緒におると思うとった? 今夜はねえ、生憎ひとりなんよ。ええっと、そうじゃね、一旦ここから離れてくれる?」  明るい雰囲気だが有無を言わせぬ由美の口調に、少し違和感を覚える。優弦は取り敢えずデパート前から離れようと、後方の安全を確認してアクセルを踏んだ。すると、歩道を離れぎわのサイドミラーに誰かが人ごみを掻き分けて走ってくるのが見えた。  その姿が丸山だと気がついたときには、すでに車の流れに合流していた。小さくなる丸山が、「平田さん!」と、由美の名を叫んだような気がした。 「さっきの丸山さんじゃなかったですか?」  後ろの由美に問いかけてみたが彼女からの返事はない。ちらりとルームミラーで後部座席の様子をうかがうと、由美はまたスマートフォンを眺めていた。  由美からは明確な行き先を伝えられないまま、紙屋町から平和公園前の道路を行く。優弦は話さない由美に向かって、「いつもの場所までですか?」と、聞いてみた。すると由美は、 「あのね、実はわたし、月見里さんとゆっくり話がしたいと思うて。タクシー代は払うから、どっか連れてってくれん?」

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