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第42話

「あーあ、やっぱり(かな)わんのんじゃ、月見里さんには」 「敵わない?」 「……最初はね、ちゃんとお礼を言おうと思ったんよ。お世話になったし、会うんも最後かもしれんし。じゃけど、櫻井さんに振られたんは月見里さんのせいじゃと思うたら、なんかひとこと文句を言わんと気が済まんくなったというか……」  もごもごと言いにくそうに話す由美の言葉に、優弦はびっくりした。 「ちょっと待って。櫻井さんに振られた? それに、おれたちのことを知っているんですか?」  慌てる優弦に由美は、「ええっ。やっぱり本当なん」と言い、 「プロジェクトのキックオフのあとの飲み会のとき、櫻井さんは、今は彼女はいませんって言っとったんよ。それで今日が最後だから、当たって砕けろで櫻井さんに告白したんよね。で、見事に砕けたんじゃけど……」  この由美の行動力の欠片(かけら)でも丸山にあればいいのだが。 「櫻井さんの断りの理由が、『今は真剣に付き合ってる人がいるから』って。あんなに忙しいし周りに女性は少ないのに、いつの間に彼女できたんかなって、振られたショックよりもそっちのほうが気になったんよね。それで櫻井さんに聞いてみたら、しぶしぶ教えてくれたんよ。自分の恋愛対象が男の人で相手は月見里さんじゃって」  由美はさらりと聞いてみたと言うが、かなりしつこく聞き出したのだろう。困りきった櫻井の苦笑いが容易に想像できる。 「言われてみたら、月見里さんに()うてからの櫻井さんは、暇さえあれば月見里さんの話ばっかりするし、前の尾道のときも二人で怪しい行動しとったから、まさかもしかしてとは薄々感じとったんよ。じゃけど、月見里さんと付き()うとるってズバッと言われたら、なぁんも反論できんかったわ」  早口で畳み掛ける由美の台詞に、優弦は答えることができない。あまつさえ好きな男に振られ、その理由が自分と同じ女性ではなく男と付き合っているなんて、彼女の怒りが優弦に向かうのは当然のことだ。どんな罵詈雑言が彼女から発せられるかと優弦は身構えたが、由美は意外なことを言った。 「まあ、わたしと櫻井さんじゃあ到底釣り合わんし、櫻井さんが月見里さんを選んだんは、なんか納得できるんよね。でも聞いたときは、さすがに心臓が口から飛び出るくらい驚いたし、めっちゃ悔しかったけど」  悔しかったというわりに、由美の台詞には嫌悪や嘲りといった負の感情が見受けられない。思わず優弦は由美に問いかけた。 「あの……さ、抵抗はないの? その……、男同士で、なんて……」  由美はキョトンと優弦を見て、そしてしばらく、うーん、と考え込んだあと、 「ビックリしたけど抵抗はないなあ。好きになったらしょうがないよね、それが男でも女でも。近頃は同性が恋愛対象のひとの話もよう耳にするし、わたしだって、かわいい女の子を好きになるかもしれんもん」  そのあまりの普通な由美の答えに、優弦は急にこだわっていたものが解けたような気がした。  好きだった男に捨てられ、同性愛者だと罵られ、体を開けと命じられ……。  追い詰められて東京を逃げ出し、義兄のもとで息を潜め、傷ついた心を海を眺めて癒した日々。  なんとか立ち直ったと思っていても、どこか他人と距離を置く自分がいた。櫻井のささやく愛を信じきれない自分がいた。自分は同性しか愛せないのに、心の奥底ではそんな自分が普通ではないと、母のようにはなりたくないと、自分の存在を否定していた。  でも、由美は偏見もなにもなく、優弦たちの関係を受け入れてくれる。  ――好きになったらしょうがない。 (そうか。仕方がないんだな。おれも櫻井さんも……)  ふと、由美が手に持っていたスマートフォンを見つめた。そして鼻に皺をよせて苦い顔をすると、スマートフォンを耳に当てる。 「もしもし丸山君? もう、ほんとしつこいなあ」  また丸山からの電話だ。しつこいと言いつつも、由美は律儀に丸山の相手をしている。 「はあ? さっきの話は冗談よね、ジョーダン。え? ちょっとまって。……えっ、櫻井さん!?」  由美の慌てた声が波間に響いた。電話の相手が丸山から櫻井に変わったようだ。由美は急に背筋を伸ばし、見えていない櫻井に向かって何度も頭を下げながら、 「ごめんなさい、櫻井さん。そのぉ……、振られた腹いせにちょっと困らせちゃおうかなー、なんてぇ。ほら、月見里さんがわたしとラブホなんて行くわけないじゃないですかぁ。は? ……ってか、わたしのほうが月見里さんを襲うと思うとったんですかっ!?」  スマートフォンを握り締め、くるくると変わる由美の表情に優弦は思わず笑ってしまう。通話が終わったのか、ぷう、と頬を膨らませた由美は、 「これから二次会のカラオケに来いって。月見里さん、また元のところまで送ってもらえる?」 「もちろん。それにこれが最後なんて言わないで、タクシーが必要なときはいつでも呼んでください」  にこやかに笑いかけた優弦の顔を、なぜか由美はじっと見つめたままで動かない。優弦が「平田さん?」と声をかけると、やっと由美は、 「しもうたわ。わたし、もっと(はよ)う月見里さんの魅力に気づいとったら、よかったかも」  由美はかなり惚れっぽい性格だったようだ。優弦が、行きますよ、と由美を車へエスコートする。 「そうだ。いい加減、曖昧な態度はやめて、早く丸山さんの気持ちにも答えをあげてくださいね」  優弦の言葉に由美は、うふふ、と思わせ振りに笑った。

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