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第47話
『似合っているね。やはり、私の見立ては確かだったな』
(こんなに高そうなスーツ、慣れなくて恥ずかしいよ。それに、本当におれなんかがこんなところに来てもいいの)
『なにを臆しているんだ。今夜のパーティーは、皆、配偶者やパートナーを連れてきているんだ、おまえは私の恋人なのだから堂々としていればいい』
……。
(いたいよ、ジェイク。そんなに手を引っ張らないで)
『なぜ、あんな奴らと話をしていたんだ。あれほど奴らに近づくなと言っているのに』
(向こうから挨拶をされたんだよ。無視をするわけにもいかなくて……)
『奴らはハイエナだ。あんな不躾に好色そうな目でユヅルをジロジロと見るなんて、本当に教養の欠片もない。あれが日本支社の幹部だというのだから、サーバルがどれほど語るにも値しないところかがわかるな。……ユヅル、おまえは私だけのものなんだ。他の誰とも話をするな。例えそれが……でもだ』
…………。
――ほんまに優弦はお母ちゃんによう似とるなあ。このまま大きゅうなってもベッピンさんは変わらんじゃろ。ほら、こっちに座り。なんにもせんけえ、おっちゃんの膝の上に座れや。
(……さわるな)
――月見里 、このことは誰にも内緒だぞ。先生は月見里のことが心配だから、こんなことをするんだ。
(さわるな。さわるな)
――月見里ってさ、……教授とヤってるらしいぜ。それで単位もらってるんだって。
――どうしておれの気持ちがわかってくれないんだ。おまえがそんな目で見るから、てっきりおれが好きなんだと思っていたのに。
(ちがう、誤解だ)
――あのとき、ひと目見てからこの体に興味があったんだ。
――これでシマノもしばらくは安泰だな。俺たちが飽きないように頑張って愉しませてくれよ。
(いやだ、どうしてこんなことに。……おれがなにをしたっていうんだ。どうしておればかり、こんな目にあわなきゃならないんだっ)
「これは、ハワード氏が了承したことだ」
(うそだ。うそだ、うそだ! ジェイクがおれにそんなことを望むはずはない!)
ピリリ、ピリリ、ピリリ――。
高い電子音と手のひらに感じた振動で目を覚ました。天上からの電灯の明かりが眩しくて何度か瞬きをする。その反動で目尻から頬に温かなものが滑り落ちた。反射的に頬に手をあてると、それが涙の筋だと気がついた。
(夢を……。うなされていたのか)
呆然として横になったまま天井を見上げた。嫌な夢を見たものだ。それも幼いころの夢までも。
頬の涙を拭い、けたたましく鳴り響くスマートフォンの画面に視線を移した。その画面に櫻井の名前が表示されているのを認めると一気に頭がクリアになった。
「もしもし? 櫻井さん?」
うたた寝のせいで声が掠れている。それでも優弦は慌ててベッドを飛び起きて、思わず正座までしてしまった。
「こんなに遅い時間にすまないね。もしかしてもう寝ていたのかな」
櫻井の声が弾んでいる。なんだか酔っているようだ。優弦はベッド脇の目覚まし時計で時間を確認した。もう夜中の十二時を回っていた。
「櫻井さん、今、どちらです? すぐにお迎えに行きますけど」
「大丈夫。ジェイクが同じホテルに部屋を取ってくれていてね。これからまだ飲み明かす予定なんだ」
そうですか、と返事をしながらも優弦は櫻井の声色を慎重に探った。櫻井のいつもと変わらない優しい声がスマートフォンから流れてくる。
「優弦。明日の、ああ、もう今日か。とにかく二日目の観光の件だけど……」
櫻井が珍しく言いにくそうにしている。なんだろう、ジェイクに無茶な依頼でもされたのだろうか……。優弦が身構えていると、
「ジェイクが急に仕事の都合で東京に戻ることになってね。明日以降の依頼はキャンセルになった」
「……キャンセル、ですか」
「本当にすまない。この埋め合わせは必ずするよ」
沈んでいく櫻井の声に優弦は心持ち明るく、「大丈夫です」と、応じた。
「明日は新幹線で戻るそうだ。その前に少しだけ二人で平和記念公園に行ってみる。それにおれも午後はオフィスに顔を出さないといけなくなったんだ。優弦はどうする? もしかして休みになるのかな?」
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