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第48話

 本来ならチャーターのキャンセル分を通常業務で稼がなくてはならない。そうですね、と考え込んでいると、 「たまには飲みに行こうか」 「えっ」 「いつもおれの部屋で会うばかりだし、優弦は仕事もあるから酒を口にしないだろう? 休みになるのなら二人で食事でもして、どこかに泊まろう」  どこかに泊まる、と言う台詞に頬が熱くなる。櫻井に見えるはずはないのに優弦は枕をつかんで引き寄せると、それを抱えて顔を隠した。 「じゃあ、時間は夜の八時に。待ち合わせ場所は……」  愉しそうな櫻井に、はい、はい、と返事をしているとなんだか余計に気恥ずかしくなる。おやすみなさい、と通話を終えてスマートフォンを放り出すと優弦は枕を抱えたままでベッドの上に寝ころんだ。 (まるでデートみたいだ)  かあ、と耳たぶが火照ってきた。誰もいないのに恥ずかしくて、ぎゅっと枕に顔を埋める。そのまま、うー、と唸っていたら苦しくなって枕から顔を離した。 (みたいじゃなくて、デートか)  こんなに子どものような甘酸っぱさに浸るのは何年振りだろう。  そのとき、優弦の脳裡にジェイクの姿が浮かんだ。途端に先ほどとは違う、締めつけられるような小さな痛みが胸の奥から揺らめいてくる。 (もう帰ってしまうんだな……)  あれほど、ジェイクに話しかけられるのを恐れていたのに、会わなくてもいいとなると複雑な気持ちになった。これはどのような感情なのだろう。  さっきの櫻井の口調を測る限り、ジェイクから昔の話を聞かされているようには思えなかった。きっと櫻井はジェイクと優弦が付き合っていたなどとは露ほども考えていないだろう。ジェイクは昔のことを明かさなかったのだ。 (いや、あの人はおれのことなど忘れてしまったんだ。……異国で作った愛人なんて、きっとその場かぎりの関係だから)  ジェイクにとっては優弦と過ごした日々など他人に話す以前の瑣末な事柄――。  櫻井にジェイクとのことを知られなかった安心感、でも、他にも浮かんでくるのは忘れられたことへの小さな怒りと哀しみと、そして未だに微かに燻っている恋情……。  思いきり枕に顔を押しつける。本当に情けない。捨てられて、そして自分から捨ててしまったあの恋に、いつまで縛りつけられているのだろう。 (明日、櫻井さんとの待ち合わせまでどうしようか……)  枕に顔を埋めたまま、優弦はまんじりともせずに考え込んだ。

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